史跡案内ボランティアガイド


by Fukuoka-heguri

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2017年6月度・史跡巡り

2017年6月 史跡巡り
2017年 6月20日(火)8時30分~17時00分 曇り後雨
久留米市内の史跡を訪ねて
参加者 7名

史跡めぐり行程
 8:30 出発 ⇒ 9:45 久留米城址 ⇒ 10:55 梅林寺 ⇒ 11:20 水天宮
⇒ 11:55 昼食「ブリジストンクラブ」⇒ 13:20 高良大社・神護石
⇒ 15:30草野資料館 ⇒ 16:00解散 

2013年3月19日以来、2度目の久留米市内の史跡巡りです。
九州北部は梅雨入りしていても今日まで雨がなかったのに、天気予報通り昼頃からポツリポツリと落ちだし、帰る頃には土砂降りとなりました。時間が押した上に雨が強くなっていたので、最後の草野の街並み歩きだけは取りやめましたが、他は何とか予定のコースをほぼ傘なしで満喫できたのは幸いでした。新会員2名を含む7名、車2台で、久々に九州自動車道を利用しました。




久留米城址の有馬記念館前で久留米観光ボランティアの会の草場会長と落ち合いました。
立派なお髭に歴史を感じます。会員は30名ほどいるとのことでしたが、今日のガイド担当は否応なしに、会長マターになったそうです。
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久留米城址

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久留米城は、初代藩主有馬豊氏が元和元年〈1621〉に入国して以来、江戸時代に筑後八郡を支配した有馬氏の居城でしたが、今は本丸跡だけ残っています。筑後川を背にし、南に市内を望む馬の背のような高台に、二の丸、三の丸、外郭の武家屋敷などが連なっていたそうです。

太鼓櫓跡
閑静な本丸跡を歩きます。大手枡形の左手の隅櫓(太鼓櫓)跡には、明治維新の際に勤皇に尽くした藩士(真木和泉守他)を偲ぶ、大きな記念碑「西海忠士の碑」が建っています。2005年の西方沖地震で倒れたそうですが、やっと立て直したそうです。
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篠山神社
久留米藩は、明治4年に反維新政府の乱で罰せられ廃城となり、後にすべての建物が徹底的に破却されましたが、明治12年に有志により、4名の旧藩主を祭神とした篠山神社が創建されました。ここにも少し時代を先駆け過ぎた、敗者の歴史が残っています。
北側の筑後川に面した艮櫓跡と乾櫓跡の一角は石垣がなく、自然の崖を利用しており、一帯は敵の侵入もままならない湿地帯だったそうです。久留米藩領だった八女出身ということで、白村江の戦いで捕虜になった「大伴部博麻の碑」も建っていました。筑後川を挟んだ対岸の佐賀藩とは仲が悪かったとか、久留米の誇りブリジストン創業者の石橋正二郎のエピソードも、ここで面白く聞きました。
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約10 車で移動

梅林寺
梅林寺は有馬氏の菩提寺です。臨済宗妙心寺派の古刹で、九州一の修行道場としても有名で今も多くの「○○窟」(道場等)の建物が周囲に建っています。


梅林寺山門
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山門を入ると、心落ち着く閑静な境内が広がっています。修行の場なので、大きな声で案内して怒られたことがあるそうです。梅林の名は、梅の木があるからではなく、初代藩主の諱の「梅林」からきています。

唐門と本堂
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天皇陛下しか通れない唐門だそうです。門扉には立派な木彫り細工が施してありました。


葵の紋のつく霊廟
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裏手の墓地には、各藩主の墓や霊廟、重臣の墓などもあります。初代藩主豊氏の霊廟(右三つ巴紋)の隣には、徳川家から嫁入りした室の霊廟(葵の紋入り)が並んでいます。

車で移動



詳しくはクリック
水天宮(国指定史跡)
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安徳天皇伝説が面白いものでした。その後も安徳天皇は田主丸竹野辺りで生き延びており、千代姫と結ばれできた子ではないかと思わせる人の記録が寺にあったという。今でもその地域には電話帳1頁分ほど安徳姓が残っており、平知盛(清盛の四男)の墓(平家塚)や平姓(でーらと呼ぶ)も多く残っている。平と名乗れなかった時代は名を変え、坂梨(さかなし=たいら)とした者もいるとか。まさにロマンです。

眞木和泉守の銅像
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幕末の勤王家眞木和泉守保臣は、第22代宮司です。境内には和泉守の銅像が建っていました。蛤御門の変で敗れ自死しましたが、後に新政府から顕彰され、今楠公ともよばれています。



~~~~~~~~  本日の昼食  ~~~~~~~~
           ブリジストンクラブ
        (ブリジストン久留米工場の前にあり、一般にも開放しています)

おろしハンバーグ定食・800円
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焼肉定食・800円
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メインのハンバーグも焼肉も柔らかくて美味しく価格もリーズナブルなランチでした。
料理だけでなく、お茶がとても美味しかったのにサービスの良さを感じました。



高良大社に向けて車で移動



高良大社(国重要文化財)
40年ぶりの大修理の真最中(6月末完了)で、参拝は仮の拝殿からしかできませんでしたが、屋根の真新しい檜皮葺きが黄金色に輝いていました。
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文化財に指定され、神社建築としては九州最大の大きさを誇ります。祭神は高良玉垂命(正殿)、八幡大神(左殿)、住吉大神(右殿)ですが、他にも諸説あるようです。仁徳天皇55年(78年?)鎮座、履中天王元年創建と伝えられています。大正4年には国幣大社とされています。
もともと高木神(高御産巣日神、高牟礼神)が鎮座していたのを譲ったとの伝説があり、山の名前も高牟礼山が転じて高良山の良字を当てたという説もあるそうです。


高良大社宝物殿
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神官の岡部さんの案内で、宝物殿内の展示物の説明をお聞きしました。中世に描かれたという「絹本著色高良大社縁起」の大きな絵巻が見所です。近くの古墳で発掘された三角縁神獣鏡なども展示されていました。


神護石(国指定史跡)

馬蹄石(神護石)
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高良山神護石(国指定史跡)は、前記「高良大社縁起」の山内図では、高良大社参道にある磐座(馬蹄石)を神護石といい、山幅を取り巻く列石遺構は八葉の石畳と紹介していますが、明治時代に歴史学者が、列石遺構を神護石と紹介したため、以後学術用語になっています。今では神域説ではなく、山城説が定説になっていますが、名前だけはそのまま残っています。

大学稲荷神社前の列石遺構

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高良大社裏の列石
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神護石(列石遺構)は、高良山西側斜面に位置し、高良大社の本宮山(253m)を最高所とし、西方に二つの尾根沿いに5つの山と2つの谷を取り込むように築造され、総延長1.5㎞が確認されています。谷底には水門の石組も残っています。未確認の部分は地震で崩落したと推定されています。
古代山城遺構は26か所発見されていますが、朝鮮式山城と違い、神護石式山城は文献にも現われず、正確な築造時期は謎だそうです。

南谷水門跡
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谷に下りて、予定外の水門跡まで見学しました。
南谷水門の石塁の推定規模は、長さ約13m、高さ約4.5m、基底部幅約9.5mとされています。

予定時間を超過して最後の見学地へ車で移動


草野歴史資料館(国登録文化財)

移動途中また雨が降り出し、草野資料館の到着は1時間ほど遅れてしまいました。
草場さんとはここでお別れし、館内は館の筒井さん(女性)に時間を半分に急かして、案内していただきました。わかりやすい説明でした。
(写真は草野資料館HPより)
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草野歴史資料館は、当地に勢力を張った豪族草野氏ゆかりの資料や草野町の歴史に関する遺産などを展示しています。資料館の建物も明治時代末の旧草野銀行本店で、国登録文化財になっています。


b0273309_13571950.jpg雨の為街並み散策は中止
草野の城下町案内予定のボランティアガイドの方も、館内で2時間も待っていただいていたそうですが、外は強い雨となっており、時間も遅くなったため、やむなく街並み散策はあきらめました。



お城に城下町、お寺、神社、神護石の巡る自然と、実にバラエティに富んだ研修先で見所も多く、久留米の魅力を堪能しました。案内をお願いした「久留米観光ボランティア」の草野会長の久留米愛に満ちた巧みな語りで、歴史の裏のエピソードや、勝者の歴史に隠された有馬藩や安徳天皇・平氏の物語の数々も楽しく勉強できました。
初参加の2人の方も、史跡めぐりがこんなに楽しく勉強できるなんてと満足気でした。
皆さんお疲れ様でした。
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by Fukuoka-heguri | 2017-06-20 17:46 | 史跡巡り