史跡案内ボランティアガイド


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2013年6月度史跡巡り

2013年6月度史跡巡り
長崎街道・塩田宿~鹿島地区 

塩田宿散策 → 昼食(肥前浜宿・八本木) → 肥前浜宿まちなみ散策 → 祐徳稲荷神社・祐徳博物館

長崎街道・塩田宿
長崎自動車道・武雄インターをおりて、国道498号を通って佐賀県嬉野市の塩田町へ到着しました。
塩田津街並み保存会の人に、案内をお願いしました。

この塩田町は、江戸時代には、長崎街道や多良往還の宿場町として栄え、
明治から大正にかけては有明海の干満の差を利用した川港(塩田津)として、陶磁器や天草陶石、肥料や農産物などの積み下ろし、積み上げを行い、肥前国南西部の経済の中心地として繁栄していたそうです。
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ここ塩田津の町屋は、たびたび大火事や川の氾濫に見舞われた経験から、
外壁を漆喰で塗り固め、防災措置を講じた居蔵家(いぐらや)と呼ばれる瓦葺き大壁造りの、蔵のような町家へと、変化していったということで、現在 居蔵家(いぐらや)造りの家は17軒残っており、そのうち12軒は江戸時代に造られたものだそうです。
平成17年に国の「嬉野市塩田津重要伝統的建造物保存地区」に選定されています。
整備された塩田宿の家並みは江戸時代の往時を偲ばせて、通りは実にすっきりしています。
電柱や電線が見当たりません。
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ただ、長崎街道筋としては、ここの道幅は広すぎます。
明治37年(1904年)に、武雄から祐徳稲荷神社前までの区間に、蒸気機関車を通すため、道路の拡幅工事が行われたのだそうです。
この道を、小さな蒸気機関車が走っていた時代があったのです。
塩田津街並み保存会の人に、その時代の写真を見せてもらいました。
この道路拡幅工事の時、表通り町家を解体撤去せずに、曳家(ひきや)という建築物をそのままの状態で移動する建築工法で施工され、今もなお、江戸時代後期に建設された居蔵造の町家が残っているという訳なのです。明治の人たちは偉いと思いました。
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肥前浜宿
肥前浜宿は、多良往還の宿場の一つです。
多良往還と云うのは、佐賀を出てから小田宿を南に分岐して鹿島城下を通り、そこから多良・諫早に向かって、有明海を左に見ながら下る、鍋島藩領内の脇街道のことです。
長崎街道の本街道は武雄経由で大村を通って長崎に入るのですが、大村藩領内の通過区間が長くなるので、佐賀藩主鍋島の殿様は多良往還を利用していたのだそうです。

平成18年(2006年)に「浜中町八本木宿」と「浜庄津町浜金屋町」の
二箇所が国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されているそうです。
肥前浜宿町並みの会のガイドさん(マリリンさん)の案内で、まず「浜中町八本木宿」を見学しました。
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多良岳山系の良質な水と佐賀平野の米に恵まれ、江戸時代より酒造りが盛んな地区で、
今でも酒蔵が残るまちなみは、通称「酒蔵通り」だそうです。
江戸時代後期から昭和初期にかけての建物が多く、防火構造の居蔵家(いぐらや)、
土蔵造大型酒蔵、桟瓦葺真壁造町家などが建ち並んで、町並みを創っています。
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「酒蔵通り」を下って浜橋を渡り、左に曲がると「浜庄津町浜金屋町」です。
浜庄津町は商人や船乗りが住む港町、浜金屋町は鍛冶屋や大工などの職人町で、
佐賀と長崎を結ぶ陸の交通拠点であり、海の交通拠点でもあったそうです。
茅葺きの町家が多く残っている不思議なまち並みです。
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旧乗田家住宅(鹿島市指定文化財)
この町を訪れて、朽ち果てようとしている「クド造り」の茅葺きの建物に心を打たれた東京在住の女性の寄付「5500万円」を基にして、保存修理されたという、鹿島藩に仕えた武士の住まいです。
19世紀初期に建てられたこの家は侍の質素な暮らし振りが感じられます。
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祐徳稲荷神社
この後日本三大稲荷の一つである祐徳稲荷神社に参拝しました。
日本三大稲荷とは京都市の伏見稲荷と愛知県豊川市の豊川稲荷、残る一つが、ここ佐賀県鹿島市の祐徳稲荷です。
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神社の権宮司さんに、境内を案内していただきながら、神社の由緒や歴史、境内の施設などについて面白く話してもらいました。 本殿の前で巫女さんと記念写真を撮りました。
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最後に境内にある祐徳博物館へ行き、館長さんの説明で、館内の展示を見学しました。
ずらりと並んだ歴代の鹿島藩藩主の鎧は、見事なものでした。
奥の部屋には、佐賀県下の考古出土品も展示されていました。
6月度史跡巡りは時間通りに無事終了しました。

塩田津街並み保存会の皆さん、肥前浜宿町並みの会のガイドさん、
祐徳稲荷神社の権宮司さん、そして祐徳博物館の皆さん、お世話になりました。
ありがとうございました

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by Fukuoka-heguri | 2013-06-18 21:50