史跡案内ボランティアガイド


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2013 年研修旅行

2013年 10月29日~10月31日
東北研修旅行
参加者 8名

1日目 瑞鳳殿、仙台城
2日目 中尊寺、高館義経堂、平泉文化遺産センター、毛越寺、達谷窟毘沙門堂
3日目 松島瑞巌寺、多賀城跡、東北歴史博物館


平成25年10月29日午後仙台空港到着。

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あの3.11から二年半が経過し空港は見事に復旧していました。物資輸送手段の確保、震災復興のシンボルとして、米軍の「トモダチ作戦」によりいち早く5日後の16日には再開しています。
*震災直後の仙台空港( 読売新聞2012・3月17日)b0273309_19155411.jpg

            


①瑞鳳殿(国宝)
伊達藩藩祖正宗の逝去(1636年)の翌年建立された霊屋。豪華絢爛な廟建築として1931年国宝指定。1945年戦災で焼失、1979年再建。伊達男など伊達の語源となった正宗やその家臣の派手好み面目躍如と言ったところでしょうか
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正宗山瑞鳳寺門前の珍しい点画方式の下馬石。筆順を表わしています。
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参道に突如現れたご当地ゆるキャラ「むすび丸」と記念撮影
後方左の足軽から柔らかく強要された「ずんだもちー」の掛け声が私達の場面のみならず、他の観光客や学生達の撮影のタイミングでも「ずんだもちー」と木霊することになりました。
お土産に買ったずんだもちは美味しかったです。
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②仙台城(青葉城)
  ♪ 広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず 早瀬躍る光に 揺れていた君の瞳・・・♪
と青葉城恋唄を口ずさみながら仙台城を見学。
仙台城は伊達政宗が1601年青葉山(標高144m)に築城した山城(後に麓に二の丸、三の丸が築城されてからは平山城)で広瀬川や自然の渓谷、断崖、原生林などを活用した天然の要害。敷地は約2万坪で、徳川家康の江戸城に次ぐ大きさを誇り、全国最大級の城であったということです。
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隙間なく積み上げられた切石積みによる石垣(切込接)
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③平泉
2日目は世界遺産である中尊寺、毛越寺、無量光院跡、(平泉文化遺産センター)のほか高館義経堂を見学しました。
平泉は前9年の役・後3年の役の後の寛治元年(1087年)から源頼朝に滅ぼされる文治5年(1189年)までの間、東北地方一帯に勢力を張った豪族奥州藤原氏(清衡、基衡、秀衡、泰衡)の本拠地。
岩手県南、県央部を支配していた安倍氏と朝廷とが争った上記戦の後、敵味方の区別なくすべての霊をなぐさめ、仏国土実現するため清衡、基衡、秀衡の三代にわたり中尊寺、毛越寺、無量光院などを造営した。
秀衡は兄・源頼朝に追われた義経の引渡要求を拒んで匿ったが、死後、息子の泰衡は頼朝の要求を拒みきれず文治5年(1189年)義経を自殺に追い込み、義経の首を頼朝に引き渡す事で頼朝との和平を模索した。しかし、関東の後背に独自の政権があることを恐れた源頼朝は同年7月、義経を長らくかくまっていた事を罪として奥州に出兵、奥州藤原氏を滅亡させた。

中尊寺金色堂(覆い堂)
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松尾芭蕉像
「五月雨の降り残してや光堂」
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毛越寺庭園
日本有数の浄土庭園である。
特別史跡、特別名勝の二重指定を得ている。
毛越寺はモウツウジと読む。越はオツと読み、
モウオツジ→モウツジ→モウツウジと変化したものです。
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高館義経堂(タカダチギケイドウ)の傍らに芭蕉句碑
「夏草や兵どもが夢の跡」
落ちのびてきた義経は北上川に面した丘陵に、秀衡から居館を与えられ泰衡から攻められここで自決した。武運つたなく散った悲劇の英雄を偲んで詠んだ名句です。
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④多賀城跡
3日目の多賀城跡
多賀城は大和朝廷が蝦夷を制圧するために軍事的拠点として、蝦夷との境界となっていた塩釜丘陵上に設置したもので奈良・平安時代に陸奥国府が置かれ、724年の建創から11世紀の半ばまで、古代東北地方の政治・軍事の中心地としての役割を果たした。多賀城は約900m四方で周囲は築地塀で囲まれ、南、東、西に門が開かれ、中央に政庁が配置されていたとのこと。当時の日本では平城京を中心に、南に大宰府、北に鎮守府兼陸奥国府の多賀城を建てて一大拠点とした。日本三代史跡の一つです。
いま多賀城跡は仙台平野を見渡すなだらかな斜面に静かに礎石の跡と原っぱが広がっています。
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お楽しみ編
福岡でも人気の牛タン料理「利久」 
美味しいのは牛タンばかりではありません。
魚も新鮮でGood!
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楽天の応援で盛り上がりました!
巨人対楽天の試合を地元の人たちとTV観戦。b0273309_19445650.jpg
前沢牛の専門店、その名も「牛の里」で昼食。
店内入口に当日使用する各部位の個体識別番号を表示していました。
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写真撮影の際、いつも使っている「チーズ」の代わりに叫んだ「ずんだもちー」
お土産に買う人も多く、好評でした。
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東北の旅を終えて~~~~    
大和朝廷が日本を平定する過程で、出雲、東国、九州などについては神話の世界でありますが、東北地方については歴史上の人物・事件が数多く登場して興味深く、新たな知識を吸収することができ大変充実した旅となりました。
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by Fukuoka-heguri | 2013-10-31 18:42 | 研修旅行

旧三瀬街道、講演会とウォーキング

2013年10月19日 
伊能忠敬測量200周年記念
忘れられた街道 旧三瀬街道  
 
講演会とウォーキング
1813年に伊能忠敬が測量して今年10月で満200年になるのを記念して、講演会と街道ウォーキング(金武宿から飯場宿まで約7km、最高地点382mの飯場峠越え)を実施しました。

伊能図に残る三瀬街道~赤線 (現在の地名 ①藤崎 ②原 ③次郎丸 ④金武宿)
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イベントは新聞各紙に大きく報道されたこともあって5歳から85歳までの114名の参加、
ウォーキング参加者89名のうち60名が街道を往復されました。

「三瀬街道と伊能忠敬」のテーマで講演会       
b0273309_1332385.jpgウォーキング開始
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いよいよ旧街道の実踏
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西区金武宿に残る町並み
b0273309_1339875.png 早良区飯場宿に唯一残る建物(当事の宿屋・左)
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◆忘れられた街道 三瀬街道の整備
旧三瀬街道は筑前国から肥前国への最短ルートで江戸期から明治にかけては、筑前から塩や海産物、肥前からは米や炭の運搬に欠かせない道路でした。
しかし、大正12年の曲渕ダムの完成に伴い福岡市西新→荒江→野芥→内野→曲渕→三瀬峠経由で佐賀に向かう国道263号が開通し、また昭和20年代半ばには大水で道路が流れてしまい、通行する人も無くなり荒れ放題となっていたものです。 
平群倶楽部では、筑前27宿の一つ金武宿を歴史案内していますが、その金武宿から次の飯場宿に向かう峠越えの道が使用されなくなって久しく、荒廃したままになっていたのを惜しんで5年前から調査を開始し表示看板の設置や道の整備等を計画してきました。

整備前の荒れた街道
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地域の方々の支援を受けて、街道案内標識を設置し、流れになった部分には飛び石を置き水路も切り替え、倒木は取り除いて道路に覆い被さる枝は切り取り、段差には土嚢を積んで歩き易くしました。平群倶楽部会員の力で整備をやり遂げたことを大いに喜んでいます。

倒木の取り除き
b0273309_1414752.jpg川状態の道への飛び石設置と段差の土嚢積みb0273309_142894.jpg

金武側街道入り口に設置した標識
b0273309_1472514.png飯場峠に設置した標識b0273309_148546.jpg




今回のイベント参加者には、歴史街道を歩く会のメンバー・街道と宿場町の本の著者・街道研究者等の方々の姿も見られ、街道整備に感謝する言葉や企画を喜ぶ声を頂きました。
また、この街道ウォークは毎年実施したらどうかとの声も寄せられました。 
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by Fukuoka-heguri | 2013-10-19 23:16 | イベント

飯盛山~叶岳縦走 トレッキング

10月6日(日)「飯盛山~叶岳縦走」トレッキング

予定コースと時間
飯盛神社(50m)(10:40)->中宮(10:50)->飯盛山(382m)(11:50)
昼食(11:50~12:30)->高地山(419m)(13:40)------------------>
―>叶岳(341m)(14:40)―>生松台中央公園(15:10)------------------>
―>野方台バス停(15:15)


台風24号接近の影響で前夜半まで雨が降っていましたが、今日の天気は晴れ、気温30度近く、
絶好のトレッキング日和となりました。
当日の参加者は前日の雨の影響で応募者数の6割36名でした。
最高齢者79歳から40代まで、パワーあふれる男女のみなさんでした。
飯盛山の途中で下山された方が3名おられましたが、他の33名は15時45分までに無事下山されました。
最後は平群倶楽部で用意した参加賞をお渡しし、その後、各自バスや徒歩で家路につかれました。
  

飯盛山山頂   昼食後は平群倶楽部メンバーによる周辺の史跡の説明。
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 飯盛山を裏側から眺望する。
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  叶岳から下山途中の今日歩いた尾根を振り返る。
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下山途中の展望台から市街地の眺望
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 展望台からの眺めに満足。あと15分でゴールだ!!
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~~~~~~~~~
ご参加の皆様
秋晴れの一日、いい汗をかかれたことと思います。
お疲れさまでした!
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by Fukuoka-heguri | 2013-10-09 13:55 | イベント