史跡案内ボランティアガイド


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2013年11月 ジュニアプロジェクト

2013年11月 ジュニアプロジェクト
金印・勾玉作り 
日 時  11月16日(土)10時~12時
場 所   下山門公民館

あの猛暑の夏のあと、秋を感じる暇もなく急に寒い日が訪れ、極寒の冬への突入の予感が
するこの頃でしたが、今日はつかの間の小春日和で、これなら屋外での作業も大丈夫です。

下山門公民館
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館長さんの挨拶b0273309_1953684.jpg


金印作り
文字や絵のデザインを決めたらb0273309_1973674.jpg
下絵を描きます。b0273309_1910322.jpg


スタンプで仕上がりを確かめます。
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紐(ちゅう・取っ手)を付けます。
金色のスプレーをかけて乾いたら完成!b0273309_19173772.jpg



勾玉作り
勾玉はいらない部分を削りとっていきます。 
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形ができたら紙ヤスリで水磨きです。    
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勾玉とビーズに順序よく糸を通します。   
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                      完成です!
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お疲れ様でした。
残っていた子供達と平群倶楽部スッタフとで記念撮影をしました。
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by Fukuoka-heguri | 2013-11-19 19:22 | ジュニアプロジェクト

2013年11月度史跡巡り

2013年11月度史跡巡り
田川郡香春町・散策 

出発 → 八木山バイパス → 香春町役場 → 神宮院・高座石寺 → 鏡山大神社
鏡ケ池 → 採銅所 → 神間歩・清祀殿 → 香春神社 → 香春町役場 → 帰路

香春町役場で、香春町郷土史会の柳井会長と福田さんと合流しました。

役場の玄関先に「豊前国風土記逸文」の石碑がありました。
これには、不思議な文章が書かれています。
「むかし、新羅の国の神、自ら渡り来たりて、この河原に住みき。
すなわち、名づけて鹿春(かはら)の神という。」
採銅・冶金の技術を持った秦氏一族が、この地に住み着いたというそれだけの意味なのでしょうか。
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神宮院と高座石寺(こうぞうじ)を見学しました。
神宮院は、唐へ渡る際に香春の神に、航海の無事を祈った伝教大師最澄が、帰国後に再びこの地を訪れて、建立した寺だそうです。
高座石寺も最澄の創建で、香春神宮寺六坊の一つということです。
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神宮院境内の樹齢850年の大銀杏です。
高さが25mあり、県の天然記念物です。
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次に鏡山大神社へ向かいました。
ここは、神功皇后が新羅へ出兵する際にこの山で、天の神・地の神を祀り必勝祈願を行われた所とされています。御祭神は仲哀天皇と神功皇后です。
すぐ近くに天武天皇の孫で、太宰帥であった河内王の陵墓もありました。
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そのあと鏡ケ池を見ました。
鏡ケ池は、神功皇后がこの池を水鏡になされ、お顔や髪のやつれをお直しになったという言い伝えがあるそうです。
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採銅所駅
JR日田彦山線の採銅所駅へ来ました。
採銅所駅は、大正4年(1915年)に建てられた大正ロマンを感じさせる洋風木造駅舎です。 
奈良時代に、このあたりで銅の採掘が行われていたことに由来する採銅所という地名が、今日まで残っていて、それが駅名にもなっているという訳です。
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神間歩(かんまぶ)
間歩(まぶ)とは銅山の坑口のことで、神間歩は宇佐神宮へ奉納する御神鏡鋳造に先だち神事を行った場所と考へられています。三ノ岳には今も、間歩の跡が数多く散在しているそうです。
ここ香春岳から採掘された銅が、奈良の大仏にも使用されているのです。
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清祀殿
清祀とは、「清いまつりごとをする荘厳な家屋」という意味で、ここは宇佐神宮へ奉納する御神鏡を鋳造した場所だそうです。
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香春神社
もともと香春三山(一ノ岳・二ノ岳・三ノ岳)の山頂にあった「辛国息長大姫大目神社」、
「忍骨神社」、「豊比咩神社」の三社を、和銅2年(709年)に一ノ岳の麓の現在地に移設したのが、現在の香春神社で、古来より宇佐神宮と共に、豊前国を代表する大神社でした。
「豊前国風土記逸文」にある、新羅の国から自ら渡り来たってきた鹿春(かはら)の神が辛国息長大姫大目命(カラクニオキナガオオヒメオオジノミコト)なのでしょうか。
この神様は、実は神功皇后のことであるとか、いや、この神様こそが、卑弥呼であるというような説もあるようです。宇佐神宮の八幡大神との関わりにも、興味がわきます。

この写真は去年の7月に田川市石炭・歴史博物館から撮った香春岳です。
一ノ岳は石灰岩の採掘(セメントの材料)のために無残な姿になっています。 
この山は鉱物資源が豊かで、多様な樹木等が生息する、昔からの霊山です。
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創建一千三百年祭の準備が着々と進んでいるようでした。
ここは桜の名所でもあるそうです。
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昭和の初期に一ノ岳の頂上の採石現場から転げ落ちてきた大石が、ここで止まったのだそうです。
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平群倶楽部11月度の史跡巡りは、無事終了しました。
香春町は、万葉歌碑や様々な石碑・案内板が整備されていて、深い歴史を感じました。
香春町郷土史会の柳井会長と福田さん。丁寧な案内、ありがとうございました。
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by Fukuoka-heguri | 2013-11-19 12:22 | 史跡巡り

2013年11月9日定期ガイド

2013年11月9日定期ガイド
野方~生松台~広石 歴史・自然探訪コース 

野方バス停・受付け⇒ 野方遺跡公園・挨拶・準備運動⇒野方遺跡・住居跡展示館⇒生松台中央公園
⇒昼食⇒広石峠⇒広石古墳群⇒広石南古墳⇒中村三陽高校前バス停 解散

野方遺跡公園で挨拶・準備運動  
寒冷前線が近づいていますが、今日一日、雨は大丈夫そうです。
このコースは、過去に二度も雨で中止になっていたので今日が初めての案内です。

野方遺跡
吉野ヶ里遺跡よりも早く、国指定史跡になった弥生時代の環濠集落遺跡です。
ここには大小二つの環濠があり、大きな環濠内には、竪穴式住居跡が7軒あり、
小さい環濠内には、穀物倉庫と推定される掘立柱構造の建物跡があります。
この環濠は、吉野ヶ里のような防御用ではなく、区画の為の施設のようです。
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野方遺跡住居跡展示館b0273309_15373275.jpg

弥生時代後期と古墳時代前期の住居跡が、発掘されたままの状態で保存されている展示館です。手前が弥生後期の住居跡、奥が古墳前期の住居跡です。ここからは石器・土器の他、サメ、タイ、スズキ等の魚類の骨や、貝、鳥類の骨、獣骨などが出土しています。
また近くの石棺墓からは、銅鏡の破片や勾玉なども出土しています。


生松台中央公園
長い坂道を歩いて、生松台中央公園に着きました。
この公園は、ゴルフ場跡地を「生松台土地区画整理事業」として開発する時点では
小学校を新設する予定であった場所なのだそうです。
今日は曇空で、PM2.5の影響もあるようで、残念ながらすこし霞んでいました。
ここでは、その雄大な景色を眺めながら、西区の弥生時代から古墳時代の遺跡のことや、奈良・平安時代の五畿七道について、西海道と大宰府の関係、額田駅(ぬかたのうまや)の位置、そして元寇のこと、黒田官兵衛のこと、などなど、参加者の方々もどんどん発言されて、話は尽きませんでした。
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視界がよければ早良区と西区、博多湾や対岸の志賀島まで一望できます(2011年9月撮影)
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広石古墳群
坂道を降り、早良平野と今宿平野を結ぶ広石峠を通って、福岡市立西陵高校の敷地の中にある、広石古墳群へやってきました。
高校建設の時に、学校用敷地のなかにある広石古墳群の9基のうち、7基が発掘調査されました。
これらは6世紀末~7世紀初めに築造された、横穴式石室をもつ円墳です。
各群がそれぞれ同一家族による世代ごとの墓であると、考えられています。
須恵器をはじめとした100点以上の副葬品とともに、被葬者が鉄生産にたずさわっていたことを示す「鉱滓こうさい」も出土しています。
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広石南古墳群 B郡1号墳
また坂道を登って、中村学園三陽高校に到着しました。
この古墳はグランドの北側にあったものを、移設して複元されたものです。
広石南古墳群の1号墳、2号墳は、中村学園によって、保存、管理されていたのですが、西部清掃工場の建設などのため、グランドを拡張せざるをえなくなり、この2基の古墳は破壊・記録保存にされる運命でした。しかし、昭和63年~64年に行われた発掘調査の結果、1号墳は、古墳時代後期の横穴式石室を持つ円墳の典型的な様相を示していると云う事で、学園の敷地内の此の地に移設、複元しよう、ということになったのだそうです。
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花崗岩の巨石で造られた横穴式石室の内部の様子です。
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お疲れさまでした。またの出会いを楽しみにしています。
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by Fukuoka-heguri | 2013-11-09 15:57 | 定期ガイド