史跡案内ボランティアガイド


by Fukuoka-heguri

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2014年3月度史跡巡り 大分県・玖珠町の散策

2014年3月度史跡巡り
2014年3月18日
大分県・玖珠町の散策

大分自動車道 → 山田パーキング(休憩) → 玖珠インター→ 道の駅童話の里くす
(ふるさとガイドのお二人と合流)→ 角牟礼城祉 →旧久留島庭園( 清水御門庭園・
藩主御殿庭園・栖鳳楼庭園・末廣神社) → 昼食(金太郎)  → 久留島記念館 → 
旧豊後森機関区 →伐株山山頂 → 道の駅童話の里くす → 解散

3月18日(火)は、清水御門庭園を見学する頃は小雨もおさまり、ふるさとガイドの
ユーモアあふれる案内で、楽しい一日をすごしました。

「道の駅童話の里くす」で、ふるさとガイドのお二人と合流しました。
角埋山の山頂の角牟礼城祉へ出発です。


角牟礼城祉(つのむれじょうし)
三方を急な斜面で囲まれた、天然の要害である角埋山(つのむれやま576メートル)
にあるこの山城は、天正14年(1586年)島津の豊後侵攻のとき、攻込んだ6000人もの島津兵を、 籠城していた僅か1000人の玖珠群衆が追い返し、 難攻不落の名城として名を高めたのだそうです。b0273309_14535873.jpg
(石垣の修復中でした) b0273309_19201983.jpg
その後、文禄3年(1594年)から慶長5年(1600年)にかけて、秀吉配下の日田の毛利高政が玖珠の拠点として角牟礼城を整備しました。この時、土塁で囲まれた曲輪や竪堀のある中世山城が、石垣を使用した近世の城郭に、造り替えられたのだろうと考えられています。
搦手門跡の穴太積みの石垣は、安土城にも見られる近世の山城の特徴だそうです。
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旧久留島庭園 
慶長6年(1600年)の、関ヶ原の戦いで西軍に付いた村上水軍の末裔来島氏は伊予来島から豊後の
森一万四千石に移封となりました。
城を持つことが許されない小大名のため、角牟礼城を居城にすることができず、角埋山の麓に陣屋を築き、姓を久留島と改めました。
八代藩主の時代に、氏神である三島宮(末廣神社)の改築を行い、境内をお城仕立てにし、清水御門庭園、藩主御殿庭園、栖鳳楼庭園が造られました。

清水御門庭園
ここがお城仕立ての境内の表玄関です。奥に急な石の階段と石垣が見えます。
城を持ちたかった藩主の気持ちが解かるような造りです。
b0273309_1458268.jpgこの常夜燈は、笠石の広さが六畳敷きで
日本一だそうですが・・・

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藩主御殿庭園
ここは陣屋の跡地です。大きな童話碑がたっていました。
玖珠町は日本のアンデルセンと言われた久留島武彦の故里です。
b0273309_1513929.jpg b0273309_19502142.jpg



栖鳳楼(せいほうろう)
「紅葉の御茶屋」とも呼ばれ、茶会や迎賓館的なものとして使用されたそうです。
2階建てなのに通し柱のない構造で、2階から望む庭園や城下の風景は絶景です。
城をもてなかった藩主にとって、ここは天守閣のようなものであったそうです。
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昼食 「金太郎」 
風情のある城下町、森町の中に金太郎はありました。
二階の袖に懐かしいトタンの看板を見つけました。
b0273309_155446.jpgハイアースの水原 弘さんや昆ちゃん、お久しぶりです。b0273309_1554820.jpg


久留島記念館
森城下町のほぼ中央に、久留島武彦先生の貴重な遺品や関係資料が展示されている久留島記念館がありました。
ここはかつて醸造業を営んでいた旧荒木家の町屋だそうです。
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旧豊後森機関区
豊後森駅の東側に、1934年(昭和9年)に久大線全線開通に合せて完成しました。
鉄筋コンクリート造で1,785㎡の面積。最盛時には蒸気機関車2Ⅰ台が所属する大規模な機関庫でした。
蒸気機関車には前後の区別があるので、方向転換のため大規模な扇形機関庫や転車台が必要でしたが、ディーゼル機関車やディーゼルカーへの移行がすすみ1970年(昭和45年)廃止となりました。
ここに、今は志免町の中の坪公園にある96形蒸気機関車がやってくることが決まったそうです。
b0273309_1581713.jpgb0273309_1585420.jpg


伐株山(きりかぶさん)山頂
伐株山(685)m の山頂へ行きました。
今はこの様に切り株だけになっていますが、この大楠は天まで届きそうな大きさで朝日が上がるときは有明海までその影が届き、夕日のときは、四国まで影がかかるほどであったそうです。
頂上は平坦で、ハングライダーやパラグライダーの基地になっていますかつて南北朝時代の九州の南朝側の拠点であった、玖珠城(伐株城)の土塀の跡もありました。
b0273309_1510042.jpgb0273309_15103868.jpg



眼下に「旧豊後森機関庫」が見えました。
玖珠町は、この機関庫周辺の整備構想の策定をあの有名な工業デザイナーの水戸岡鋭治さんに委託したそうです。志免町の蒸気機関車も展示されるようです。
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伐株山を降りて、道の駅童話の里くすへ戻り,ここで解散です。
ふるさとガイドのお二人、楽しい一日を有難うございました。
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by Fukuoka-heguri | 2014-03-18 15:21 | 史跡巡り