史跡案内ボランティアガイド


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2015年5月度 史跡巡り

2015年5月度 史跡巡り
5月19日(火)8時30分~18時
豊前市の散策、参加者8名

史跡めぐり行程 
出発 ⇒ 求菩提資料館 ⇒ 昼食(卜仙の郷)⇒ 岩洞窟
⇒ 如法寺(宝地院跡、白山権現、宇都宮一族の墓)⇒ 千手観音立像 ⇒ 解散 
   
数日前から気を揉んだ傘の天気予報は見事に外れ、汗ばむほどの快晴になりました。今回は少し足をのばして、大分(中津)に近い「豊前市」を訪問しました。古来修験山として有名な求菩提山周辺の、のどかな歴史の街を散策しました。
8時30分に、2台の車で戸切を集発し、途中休憩を含み約3時間弱で最初の訪問場所「求菩提資料館」です。

求菩提(くぼて)資料館

資料館から見る求菩提山(国指定史跡)・標高782m
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県立の求菩提資料館は、求菩提山のすぐ足元の静かな山間にありました。「求菩提山」は平安時代末期に「一山五百坊」といわれた修験道山で、天台宗求菩提山護国寺を中心に、多くの山伏達が山中に住み着き、厳しい修行に挑んでいました。山中には、多数の修験道遺跡が点在しています。  縁起によれば、開山は525年、猛覚魔卜仙(ぼくせん)というものが金光を尋ねて登頂し、大巳貴神の祠を立てて祀ったというものです。歴史上明確なのは平安時代末からで、頼厳(らいがん)上人が中興の祖と言われています。我々の飯盛山によく似た山頂で、さすがに神々しさが感じられる形の良い山です。一帯が国の史跡に指定されています。

求菩提資料館内(相良さんの説明)
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館内は、相良学芸員(女性)に詳細でわかりやすい説明をしていただきました。山岳宗教のメッカと呼ばれる求菩提山の修験道遺品である、国宝の「銅板法華経」(現在はレプリカ)や仏像、神像、古文書など2千点近くが展示されています。檀家廻りの旅が多かった若い山伏が旅先の恋人からもらった恋文や、呪符や秘薬の製造方法などの珍しい古文書、神仏分離令後の生活困窮ぶりを訴えた書状などが興味をひき、当時の山伏達の生々しい生活を偲ばせてくれます。

八天狗像の一部(木造:江戸時代)
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修法諸道具
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別の展示室では中津和傘(諭吉傘)の企画展が開催されていました。
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~~~~~~~~本日の昼食~~~~~~~~
             松花堂弁当
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日の昼食会場は、「求菩提温泉」の中にあるレストラン「卜仙の郷」です。温泉利用のお客さんで賑わっていました。メニューは「松花堂弁当」(1,000円)でした。海も近いせいか、山の中なのに新鮮で美味しい刺身でした。




卜仙の郷のロビーで、午後のコースを案内していただく「豊前市史跡ガイドボランティア会」の清田会長、世永さん、井原さんの3名のガイドの皆さんと落ち合いました。いずれも女性(会のメンバーの2/3は女性とか)だったことと、オレンジのベストのユニフォームが、我々のユニフォームと同じだったことに驚きました。3名で交互に案内していただきましたが、仲間内で行動しているような親近感を覚えました。

岩洞窟(がんどうくつ)

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岩洞窟(天井に飛天の彫刻)
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卜仙の郷から数分下り、道路わきに車を置いて少しだけ山手に入ると岩洞窟です。修験者は窟の中にこもり、肉体を極限にさらすことで法力を得、加持祈祷で人々を救おうとしました。天井に描かれた飛天(雲に乗る天女)は、修験者たちの浄土を表現し、如来の教えを讃えていると考えられています。山中にはこのような窟が、あちこちにあるようです。

如法寺(ねほうじ)

如法寺山門(山門両脇には金剛力士像)
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さらに32号線を下り、途中から車幅一杯の細い山道を登ったところで車を降り、階段の上が「如法寺」です。山門で、ガイドさん手作りの地元特産の柚子のジュースをごちそうになりながら話を聞きました。おいしく、乾いた喉にぴったりでした。
如法寺は、求菩提山護国寺の末寺のひとつで、写経所として、また求菩提山の北東に位置することから「鬼門封じ」の役割も果たしました。戦国時代の宇都宮氏の滅亡時に焼失しましたが、17世紀以降この地を治めた小笠原氏により復興され、黄檗宗の寺となっています。山門の「金剛力士像」は12世紀の作ですが、後世の改造で足に木の靴を履かせたため国でなく県の文化財に格下げになった?そうです。本堂では、優しいお顔で片膝起てた「如意輪観音像」も拝見しました。

この先は当初の予定になかったのですが、裏手の敷地内山中の「宝地院跡」から「白山権現」、更に「宇都宮一族の墓地」まで案内していただき、得した気分になりました。

白山権現
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宇都宮一族の墓
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豊前は、黒田官兵衛に滅ぼされるまで400年余宇都宮氏に統治されていました。如法寺はそれまで宇都宮氏一族である如法寺氏の居城でした。敷地内には当主の鎮房の墓を中心に、宇都宮一族の墓が集められています。


千手観音立像(国指定重要文化財) 
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最後の訪問地は「泉水寺」です。観音堂の「千手観音立像」は、今日は湿気が入るので開けられないということでしたが、ガイドさんのたっての頼みで開けていただき見ることが出来ました。平安後期の樟材の一木造りで、211㎝の像高を誇り、全体的に童顔になっています。
周りの光背や「千手」などは壊れてなくなっていますが、国指定重要文化財になっています。


乳の霊水
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裏手の崖からは二筋の細い湧水が流れ落ちてきており、「乳の霊水」というそうです。左の水はまろやかで甘い、右は硬い、と味が異なるということでしたが、違いがわかる人とわからない人がいました。比較的若い人には違いが分かるようだとガイドさんから補足がありました。

乳の観音の民話を聞きながら
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ベンチに座って、乳の霊水で入れていただいた熱い珈琲を飲みながら、清田さんの情緒のこもった民話を聞きました。
「昔母乳の出が悪い母親がここの湧水でお粥を炊いて食べたらよく出るようになった」という伝説があり、当観音は別名「乳の観音」とも言うそうです。



泉水寺参道で記念撮影

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のどかな自然や多彩な史跡と、随所に心配りの行き届いたガイドに満足しました。
我々も大いに参考にさせていただきます。
ガイドの皆さんほんとうにありがとうございました。

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行きも帰りも道の駅「いとだ」「豊前おこしかけ」、豊前千束の「自由市場」とトイレ休憩と立ち寄る毎に恒例のお土産買いもして充実した史跡巡りとなりました。
18時ちょっと過ぎに戸切に帰り着きました。皆さん、お疲れ様でした。


  
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by Fukuoka-heguri | 2015-05-20 19:16 | 史跡巡り

2015年5月度 定期ガイド

2015年5月度 定期ガイド

5月16日(土)曇り
野方~飯盛~吉武高木地区 歴史・自然探訪コース

参加者:16名(女性:8名、男性 8名)
コース:「野方(営)バス停」横に、9時30分までに集合・受付
(9時30分スタート)野方遺跡(中央公園)に移動後 コース説明・準備体操
野方遺跡 ⇒ 野方遺跡住居跡展示館 ⇒ 大村桜(羽根戸集会場) ⇒ 松林飯山の碑⇒ 飯盛神社 ⇒ 
昼食(神社境内)⇒ 飯盛文殊堂 ⇒ 吉武高木遺跡 (14時解散)

朝方までの強い雨も、ガイド開始を待っていたかのように上がり、ウォーキングにうってつけの涼しい曇り空となりました。余程心がけの良い参加者が多かったと思われます。
台湾からの留学生の方や、80才以上の方も数名元気に参加されました。

野方中央公園(野方遺跡)で広場で矢野会長の挨拶のあと、田山案内人指導の準備運動で筋肉をほぐしてからスタートです。
   挨拶とコース説明
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野方遺跡(国史跡)
九州で初めて発掘・復元された環濠を眺めながら、平案内人が「野方」の由来や「環濠」について説明しました。隣の「野方遺跡住居跡展示館」では、ビデオ視聴と発掘されたままの住居跡の見学をしました。浅くて穏やかな環濠や竪穴式住居跡、石器・土器などの生活遺物等の出土品は、弥生時代後期から古墳時代初期にかけてこの地域の自然の恵みを享受したムラの人々の生活を、生き生きと偲ばせてくれます。

野方遺跡環濠周辺
平案内人が説明
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環濠内からの出土品
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大村桜(羽根戸集会場)と松林飯山生誕碑
狭い道を30分ほどで羽根戸集会場につき、平成21年に庭に植樹された「大村桜」の由来と当地出身幕末の大村藩士「松林飯山」について

田山案内人が説明
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地元の井上さんが、我々のために集会場を開放して、関連の資料や写真を準備していただきました。ありがとうございました。
          集会場内説明中の井上さん
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飯盛神社(市指定文化財)
皆で参拝後、境内の椅子に座っていただき、飯盛神社の由緒や有名な神事などを説明しました。
今回ガイドが初めての大賀案内人でしたが丁寧で優しい説明に皆さん聞き入っていました。
中でも縁結びの御神木「梛(なぎ)の木」の話に興味を惹かれました。
葉脈が縦一直線走っているため横には引き裂きにくいので縁結びの木とされているご神木の葉をみなさん大事そうに持ち帰りました。
神社を気に入ったからと、宮参りの予約をした方もありました。

大賀案内人が説明
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昼食 b0273309_1991176.jpg
12時ちょうどから、境内のテーブルを借りて昼食休憩です。
歩いた後は、弁当も星一つ美味しさがアップします。日も差さず疲れが少なかったのか、ほとんどの人が休憩中に荷物を置いて、行程になかった「飯盛神社中宮」まで往復されました。皆さんお元気でした。

飯盛文殊堂
地区の蒔田さんに、普段開いてない文殊堂の鍵を開けて、本尊の「文殊菩薩獅子像」(市重要文化財)を拝ませていただきました。
奥が文殊菩薩獅子像
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昨年の市立博物館での「九州の仏像展」後は、急に参拝者も増えたとか。知恵・学問の神様「文殊菩薩」の御利益は絶大のようで、今年も東大受験合格のお礼参りが何人もあったということです。

吉武高木遺跡(国史跡)
文殊堂から約20分で畑の中の国史跡「早良王墓」「王墓の遥拝処」や「やよいの風公園」の由来等について易しく説明しました。史跡公園整備中の部分の地肌が麦畑や青草の中で際立ち、2千年余の時を経てやっと遺跡がスポットライトを浴びているようでした。

矢野案内人が説明
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やよいの風公園
いつものように、鹿のモニュメントで記念撮影
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朝からずっと雲の中に隠れていた飯盛山山頂が顔を見せ始めました。
飯盛山をバックに全員で記念撮影後、予定より早めの14時に解散となりました。

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本日のガイドについてのアンケートをご記入いただきました。
わかりやすく親切な案内だったと、アンケート結果でも快適なウォーキングを楽しんでいただけたようです。ありがとうございました。
またのご参加を、案内人一同お待ちしております。
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by Fukuoka-heguri | 2015-05-16 11:54