史跡案内ボランティアガイド


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2015年7月 ジュニアプロジェクト

2015年7月 ジュニアプロジェクト 
金印、勾玉作り

日 時  7月22日(土)10〜12時
場 所  壱岐南公民館
対 象  小学生
本日の参加者は58名(勾玉作り32名、金印作り26名) 
平群倶楽部メンバー13名(前メンバー池田さん含む)の参加でした。

50名を超える多数の参加があり、受付や指導もてんてこ舞いでした。終了間際に、西日本新聞の取材があり、関係者や参加の子供たちがインタビューを受けました。皆さん楽しかったと感想を話していました。結果は、後日朝刊に掲載されました。


受付で勾玉の材料選び
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金印造りの説明
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金印の乾くのを待つ
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お疲れ様でした(最後の挨拶)
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~~~~~~~~慰労と反省会~~~~~~~~
メンバー内村さんの手打ち蕎麦が振る舞われました。
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by Fukuoka-heguri | 2015-07-22 16:58 | ジュニアプロジェクト

2015年7月度・史跡巡り

2015年7月度・史跡巡り
7月21日(火)
福岡県 宗像市の散策
参加者13 名

史跡めぐり行程
出発 ⇒ 宗像大社 ⇒ 神宝館 ⇒ 鎮国寺 ⇒ 昼食(温や)⇒(道の駅むなかた)
⇒ 赤間宿 ⇒ 田熊石畑遺跡 ⇒ 解散

 
雨の予報で湿度が高くむし暑い一日でしたが、史跡めぐりの間は雨も遠慮してくれて、帰りの車に乗った途端土砂降りに。何とも幸運でした。
今回は、宗像市を訪問しました。誰でも行ったことのある有名な宗像大社でさえも、ガイドさんたちの楽しい案内があればこそ、意外と見落としているポイントまで堪能できました。また赤間宿や急きょ追加した田熊石畑遺跡も見所満載で勉強になりました。4台の車で戸切を集発し、約1時間で宗像大社です。

宗像大社
拝殿でまず参拝
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宗像歴史観光ボランティアの会」の安永さん・福井さんと落ち合い、早速宗像大社と周辺を案内していただきました。

宗像大神鎮座の根拠の「神勅」
(拝殿)
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宗像大社はたいていの人は知っている、国家鎮護の格式の高い神社です。古は全国65社(九州9社、福岡3社)あった官幣の神社の一つで、「市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)」など天孫の「三柱の女神」を、「宗形の君」が祀るとした根拠となる「神勅」の扁額が、ここ辺津宮と沖津宮・中津宮の三拝殿に掲げられています。ヤマト王権の時代から航海の安全と外交の成功を支え、国家的な祭祀で守ってきた地元の豪族宗像(宗形)氏の痕跡は、そのまま国の重要文化財や約8万点の国宝として残り、かけがえのないものになっています。

本殿の屋根は「杮(こけら)葺」
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「杮葺」模型で説明中の安永さん
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神明造りの本殿は、天正6年(1578)に再建された国の重要文化財で、安土桃山時代の特色が色濃く残っている。平成25年に屋根と社殿塗装の修復が実施され、26年12月に遷座祭が斎行されたばかり。屋根は、薄いさわら材を数㎝ずつずらして重ねた「杮葺(こけらぶき)」というものだそうです。

高宮祭場
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この高宮祭場こそ宗像大神降臨の地で、沖ノ島と並ぶ、宗像三宮で最も神聖な場所です。神社発祥の地であり、古代祭祀の姿を今に伝える全国でも稀な祭場で、現在でも使われているそうです。

第二宮(右)・第三宮(左)
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本殿の裏手を東の方へ曲がると第二・第三宮があります。一か所でお参りできるように、それぞれ沖津宮・中津宮の御分霊をお祀りしています。社殿は、前回の伊勢神宮の遷宮の際の、別宮を移築したものだそうです。

神宝館
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更に進んだところが神宝館です。内部は撮影禁止のため写真は撮れませんでしたが、宗像大宮司家の歩みを物語る宝物や、古代の銅鏡・金製指輪や馬具など、沖ノ島出土の約8万点もの国宝が展示されています。駆け足で見たあと駐車場に戻り、次の鎮国寺に移動しました。

鎮国寺
鎮国寺で記念撮影(左:護摩堂、右:五仏堂)
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ボケ封じ観音
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鎮国寺の由来は、弘法大師(空海)が遣唐使で入唐の際、大暴風雨で遭難され、諸仏・宗像大神にお祈りされたところ不動明王が示現され、風波も静まり無事唐土に着くことができた。長安の青龍寺で真言の秘法を授かり大同元年〈806〉に帰朝された大師は、まず宗像大社に礼参された。そのとき屏風山に瑞雲棚引くのを見て奥の院岩窟で修法され、この地が鎮護国家の根本道場たる霊地とのお告げを得て一宇を建立し、屏風山鎮国寺と号されたとか。護摩堂に、国の重要文化財の「不動明王立像」が安置されている。右手の本堂(五仏堂)は2代藩主黒田忠之により再建されたもの。左の新しく大きい方は護摩堂。真言宗御室派の総本山は京都仁和寺で、鎮国寺は別格本山とよばれている。





     ~~~~~~~~~~~ 本日の昼食~~~~~~~~~~~
温やの「鯛茶漬け(大盛り)」
食べ方付
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本日の昼食会場は、神湊の玄海食堂「温や」です。連休明けということもあってか下見の時のような混雑はなく、お客はほぼ我々団体だけで助かりました。メニューは「鯛茶漬け・大盛り」(1,080円)でした。秘伝のダシが美味しかったものの、一部の人にはご飯の量が多すぎたようです。普通盛りで十分?


昼食後、行程の都合で今回は早めの買い物です。近くの「道の駅むなかた」で30分ほど、思い思いのお土産を仕入れました。この時間でも売り切れで、品数が少なくなっていました。
少し早目に次の訪問地、赤間への移動です。約30分、着いた頃は止んでいましたが、赤間は直前まで大雨だったとかで、何と間の良いことでしょう!!


赤間宿

赤間館
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赤間は、前日まで「須賀神社の神幸祭」で、神輿が出て賑わったそうです。まだ祭りの余韻がそこかしこに漂っていました。
赤間宿は、小倉と福岡の中間に位置する唐津街道の宿場町の一つで、白壁の古い建物もちらほらと残っています。その中央付近に昨年末に建設されたばかりの「赤間館」は、屋根が珍しい「かぶと造り」の商家を再現した、雰囲気のある情報発信基地になっています。当日は休館日でしたが、長尾館長に特別に開けていただいた館内で、赤間宿のボランティアガイドの中村さん、田中さんと合流しました。当地出身の幕末の志士「早川勇」関連などの館内展示を説明していただいたあと、街道へ繰り出しました。

勝屋酒造
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西のはずれの「釣川一番定石」まで行きそこから東へ、田中ガイドの説明を聞きながらなだらかな坂の街道を歩きました。赤間搆口の交差点、辻井戸、次の「勝屋酒造」は古い建物の一つで、裏手の城山の特別な水を引き込み、宗像大社にお供えするお神酒も造っています。

出光佐三の生家
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赤間館を通り過ぎると、百田尚樹の「海賊と呼ばれた男」、出光興産創業者の「出光佐三の生家」がありました。佐三氏は、宗像市民にはかけがえのない人物で、福岡教育大の誘致や、宗像大社の再建に大いに功があり、感謝されています。今でも出光の新入社員は、大社で必ず10日間?の研修を受けることになっているそうです。

赤間上町の交差点までなだらかな坂を上がると、お寺の横の五卿西遷の記念碑と宿の終わりの追分石、その隣が昨日までのお祭りの舞台「須賀神社」です。

五卿西遷の記念碑
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幕末に攘夷派の公卿五人がこの宿に長期滞在し、西郷隆盛等多くの志士も訪れたことを記念する碑が建っている。

追分石と須賀神社
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なかなかバラエティに富んだ赤間宿でした。ガイドの皆さんと赤間館の長尾館長、暖かく対応していただき、ありがとうございました。


田熊石畑遺跡(国指定史跡)
当初予定していませんでしたが帰り道に、宗像市田熊の田熊石畑遺跡まで足を伸ばしました。
赤間館のガイドの田中さんに車で先導していただき、目的地で最初のガイドの安永さんと再合流しました。

整備オープンされた田熊石畑遺跡公園(倉庫群跡)
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元は宗像高等女学校(宗像高校の前身)他の学校用地で、学校移転後は長らく空き地になっていたが、平成20年の民間開発にともなう発掘調査が開始されたところ、出るは、出るは、掘る墓(刳抜式木棺墓)毎に、銅剣・銅戈などの武器型青銅器(15点)や玉類も出て、外れのない大変重要な遺跡であることがわかったそうです。6基まで掘って、金属探知機でまだかなり残っていることは確認済みですが、後世の楽しみに掘るのを止めているそうです。弥生中期前半(紀元前2世紀頃)の遺跡とみられ、周辺には環濠の跡や古墳時代(6世紀頃)の倉庫群跡も見つかっており、長く栄えたムナカタ族の有力者集団の集落だったとみられています。
発掘から1年3か月の、異例の速さで国史跡に指定されたこともうなずけます。整備された3haの史跡公園は、今年7月1日にオープンしたばかりのほやほやでした

田熊石畑遺跡 墓域
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再現された2棟の竪穴住居b0273309_1938596.jpg

屋根のない棟は、今後市民自ら茅を集め屋根を葺くイベントを計画しているそうで、市民参加の史跡公園にしていくとのことです。

真新しい案内板
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本のようにページを繰ることができる鉄板の真新しい案内板は、情報量も多く見やすそうなので、我々の遺跡にも欲しいです。

思いがけず、「やよいの風公園」と同じような、出来たての史跡公園を見て、いろいろ参考になりました。古い遺跡なのに新鮮で、安永さんも先々まで楽しみの残る遺跡の案内ができることが、嬉しそうでした。大社を含め説明用の資料がよく整備され、丁寧でやさしい説明で、楽しく勉強できました。ボランティアの入会には、8回の講習が必須とかで、さすがにと感じた次第です。


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16時頃案内が終わり、車に戻るや雨が降り出し、帰路は大雨となりました。持って行った傘は車を降りるときだけで済みました。最後まで天の助けは、やはり大社の御利益だったでしょうか。
延長まであり、帰りは予定より遅くなりましたが、お疲れ様でした。
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by Fukuoka-heguri | 2015-07-21 20:14 | 史跡巡り