史跡案内ボランティアガイド


by Fukuoka-heguri

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静岡研修旅行

2015年度 研修旅行
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平成27年10月27日~29日2泊3日
静岡県(静岡市、浜松市他)の史跡を巡りました。
参加者 8名


行程
(1日目)

9:20福岡空港第一ターミナル集合⇒10:00定刻離陸⇒11:20富士山静岡空港着⇒レンタカーで日本平PAにて昼食⇒14:00登呂遺跡・静岡市登呂博物館の見学⇒16:00三保の松原・次郎長生家⇒18:30静岡市内ホテル泊・居酒屋「菜八」で夕食と反省会

登呂遺跡
特別史跡登呂遺跡は、昭和18年に太平洋戦争に伴う軍需工場建設の際に発見され、戦後の調査により住居跡や倉庫跡のある居住域と水田跡、土器などの生活用具や木製の鍬などが確認され、弥生時代の稲作農耕集落遺跡であることがわかる。
その後の調査では住居跡5棟、掘立柱建物(倉庫)跡4棟、独立棟特柱付大型掘立柱建物(祭殿)跡が確認されている。


復元竪穴式住居

b0273309_1304568.jpg復元高床式倉庫
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矢野会長の火起 
b0273309_1373373.jpg松原(当日 三保の松原)b0273309_1362833.jpg


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清水次郎長生家
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(2日目)
8:30ホテル出発⇒9:00静岡浅間神社⇒11:00駿府城公園・県庁舎展望台・昼食⇒14:00日本平ロープウエイ⇒15:00久能山東照宮(国宝)⇒16:30浜松へ向かう⇒19:00浜名湖「ホテル開春楼」泊・バイキング料理と温泉

駿河国総社・冨士新宮 静岡浅間神社(国文)
神部神社・浅間神社・大歳御祖神社(おおとしみおや)の三社を総称して、静岡浅間神社(通称おせんげんさま)とよぶ。何れも御創立は千古の昔にさかのぼり、駿河国総社として広く信仰されている。三社とも鎌倉時代以降、歴代幕府の崇敬を受け、特に江戸時代には徳川氏のあつい尊崇を受けて、寛永・文化年間両度の大造営が行われた。
この神社の裏山に賤機山(しずはたやま)古墳(6世紀後半)がある。

 浅間神社 
b0273309_17315788.png浅間神社拝殿
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浅間神社敷地内の山古墳6世紀後半
b0273309_17343654.jpg横穴式石室
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駿府城跡
徳川家康は慶長12年(1607年)大御所として駿府に入り、それまでの駿府城を一回り大きくした城を全国の大名に命じて(天下普請)築城した。駿府城の構造は、三重の堀に囲まれた曲輪内側から「本丸」、「二の丸」、「三の丸」とする典型的な輪郭式縄張りの平城となっている。

上空から見た駿府城跡
b0273309_17442948.jpg敷地内駿府城跡b0273309_17451890.jpg

駿府城公園(県庁舎展望台から見た富士山)
b0273309_17475337.jpgb0273309_1748183.png


日本平(ロープウエイ)県立自然公園日本平 壮大な景観が楽しめる日本平山頂。眼下の駿河湾、伊豆半島、そして優美な冨士を一望できる。富士山眺望日本一の日本平と徳川家康公を祀る東照宮のある久能山とを約5分間で結ぶ。

ロープウェイ乗り場
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久能山へ下りていく乗り場
b0273309_1871798.jpg日本平~富士山b0273309_1831389.jpg


久能山東照宮
御祭神   贈正一位    徳川家康公
 相殿   贈正一位    豊臣秀吉公
      贈正一位    織田信長公
・久能山東照宮の由来
家康公は天文11年(1542年)12月26日三河国岡崎城(愛知県岡崎市)に生れ、あらゆる艱難辛苦の末、戦国時代に終止符を打ち江戸時代260年に亘る。晩年は駿府城に隠居されたが元和2年(1616年)4月17日、75歳で薨去、御遺命によりその夜当山に葬られた。
建物は二代将軍秀忠公の命により、元和2年5月着工、同3年12月に至る僅か1年7ヶ月という短期間に造営されたもので、権現造、総漆塗、極彩色の社殿は日光東照宮より19年前に造られ、日光と比較すると地味であるが、彫刻、模様、組物等に桃山時代の技法をもとり入れられた江戸初期の代表的建物として平成22年12月24日国宝に指定された。

東照宮楼門
b0273309_18173216.jpg東照大権現の額b0273309_1822255.jpg

説明板 
b0273309_18235172.jpg櫻門の「漠」の彫刻b0273309_18241776.jpg
※「漠」とは中国で想像上の動物、形は熊に、鼻は像に、目は犀に、尾は牛に、脚は虎に似、
頭が小さく、人の悪夢を食うと伝え、その皮を敷いて寝ると邪気を避けるという。




総漆塗り・極彩色建物
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家康公御手形
b0273309_18331542.jpg家紋は各々違う (左)秀忠・(右)家康
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(3日目)
8:30ホテル出発⇒9:00新居関所跡・関所資料館・旅篭紀伊国屋⇒11:30B級グルメ浜松餃子昼食⇒13:00伊場遺跡⇒14:00浜松城⇒15:00富士山静岡空港へ⇒16:30空港着⇒17:30離陸⇒19:10定刻福岡空港到着・解散


浜名バイパスより宿泊先ホテル
「開春楼」を見る(中央)

b0273309_1449588.png開春楼7階部屋から見た朝の浜名湖  b0273309_1451426.jpg



新居関所跡
家康は江戸を中心とする東海道等五つの街道を整備し、江戸防衛を目的として各街道の要所に関所を設ける。関所では「入り鉄砲と出女」と言われるように、江戸に持ち込まれる鉄砲や武器に目を光らせるとともに、江戸から出る女性に対し特に厳しい調べを行った。新居関所は、江戸時代には今切関所といわれ、慶長5年(1600年)に設置される。

新居関所建物
b0273309_1522760.jpg室内役割
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筑前国の関所破り8人衆?
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伊場遺跡
1500年~1300年前古墳時代の竪穴住居
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掘立柱建物遺跡b0273309_1513352.jpg



浜松城
家康公が、武田信玄の侵攻に備え、遠江を見渡せる丘に築いた城。
29歳~45歳までの17年間、浜松城を居城とし、遠江を平定して天下取りの礎を築く。
三方ヶ原の戦いの敗北など試練多き時代でもあった。

b0273309_15183520.jpg家康像
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帰路

これで帰ります
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夕焼けに向かって一路福岡へb0273309_1684335.png






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3日間は天気にも恵まれてたいへん充実した研修旅行になりました。
参加の皆様、お疲れ様でした。
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by Fukuoka-heguri | 2015-10-30 16:32 | 研修旅行

臨時ガイド・古賀市史跡案内ボランティアの会

2015年10月21日(水)

古賀市史跡案内ボランティアの会(女性1名・男性8名)をお迎えして臨時ガイドを行いました。

平群倶楽部スタッフ7名

史跡探訪コース  野方・飯盛・金武地区
 13時「野方遺跡」にて合流
   (13:20スタート)野方遺跡 ⇒ 14:00 飯盛神社 ⇒ 14:35夫婦塚古墳
⇒ 15:00 旧三瀬街道 金武宿 ⇒ 15:35吉武高木遺跡 ⇒ やよいの風公園 (16:00解散)

6月の当方「史跡めぐり」でお邪魔した古賀市から、「古賀市史跡案内ボランティアの会」の西野会長はじめ全会員の皆さまが、野方エリアを訪問されました。車での移動のため、定期ガイドと違う特別なコースで主要な史跡を網羅して、効率よく案内しました。
少しPM2.5の多いかすんだ空模様でしたが、前回で顔見知りの方々もあり、お互いにボランティガイド同業の楽しみも苦労もわかるので、意見交換しながら楽しい交流ができました。

野方遺跡(国史跡)
車2台で直接来ていただいて、野方中央公園(野方遺跡)で合流です。少しスタートが遅れましたが、まず公園で案内開始です。手慣れた福島案内人が担当し、住居跡展示館でビデオ視聴と弥生・古墳時代の実際の住居跡を見学していただきました。
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ビデオ視聴(野方遺跡住居跡展示館)
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飯盛神社
飯盛神社に移動して、テントの下で大賀案内人の説明です。展示室にある、羽根戸古墳出土の「装飾器台付子持ちはそう」(国重文:レプリカ)なども見ていただきました。やはり縁結びの「梛木」の葉も忘れずにお持ち帰りに。
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夫婦塚古墳(市指定史跡)
福島案内人が、古墳の中までたっぷり説明をしました。天井や壁の石の大きさに、素晴らしい古墳ですねと感心されていました。コウモリは今日も元気でした。コウモリのいるところは蚊が少ないとか。
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金武宿
金武町公会堂に車を置いて金武宿まで5分ほど歩き、説明板の前で、古場案内人が豊富な資料を作って説明しました。
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吉武高木遺跡(国史跡)
吉武高木遺跡」は、平案内人が担当しました。史跡公園の2期工事もかなり進んでいました。史跡が整備されていいですねと、同じボランティアとして羨ましがっておられました。

飯盛山を遥拝
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やよいの風公園
最後は矢野会長から、「やよいの風公園」の説明と来訪お礼のご挨拶です。また恒例の内村会員手作りのお土産「柊の葉の栞」(日付つき)が好評で、本日が誕生日の方も、良い記念になったと大変喜ばれました。


記念撮影・ご参加の皆様
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予定通り16時頃解散となりました。お互いの今後の活躍を祈念してお別れです。
専門的なご質問や、さすがのご意見など、受け入れの我々にも有意義なご来訪でした。帰宅後は、良かったとお礼の電話までいただきました。
皆さんお疲れ様でした。
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by Fukuoka-heguri | 2015-10-21 16:29 | 臨時ガイド

2015年10月度史跡巡り

2015年 10月 史跡めぐり

2015年 10月20日(火)8時20分~18時00分 晴
福岡県 添田町国定公園・英彦山の散策、参加者12 名

史跡めぐり行程
出発 ⇒ 英彦山スロープカー花駅 ⇒ 大門通り(下り)(増了坊、財蔵坊、浄境坊等)
⇒ 銅鳥居 ⇒ 昼食(花駅内 めん処「花縁」)⇒ 英彦山神宮 ⇒ 政所坊跡庭
⇒ 修験道館 ⇒ 招魂社 ⇒ 大門通り(下り)(顕楊坊、松養坊) ⇒ 解散 

山岳信仰と英彦山

秋晴れのさわやかな一日。色づき始めた山々の紅葉を楽しみながら、今回は、熊野の大峰山や出羽三山とともに日本の三大修験道の霊山の一つで、西日本の山岳信仰の拠点として古い歴史を持つ、添田町の英彦山を散策しました。
最盛時は坊家、俗家など600戸3千人が暮らしたという集落も、現在は80戸150人程度と寂しくなったが、坊跡上にできたスロープカーなどで手軽に豊富な自然と登山を楽しめ、山岳信仰の歴史を学ぶ文化遺産体験の地域として、訪問者で賑わっている。
八木山バイパス経由で約2時間10分、英彦山スロープカーの中間駅花駅に到着。駅に隣接した「オープンギャラリーひこさん」で、「添田町観光ガイドボランティア」の松養(まつがい)さんから簡単に英彦山の説明を受けて、散策開始です。松養さんは最後に訪問する「松養坊」の33代当主で、10年ほど前から実家に戻りガイドをされているそうで、家の伝承や体験に基づく細やかな説明で英彦山の素晴らしさを教えていただきました。

英彦山の扁額
b0273309_14162816.jpg待合室で松養さんの説明
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浅草観音堂跡
花駅の花公園入口から、杉木立の中の参道(全長約1㎞の大門通り)の石段を下りて行きます。この道幅は昔のままで約12m、中央のちょっと歩きにくい自然石の石畳部分は戦後に整備したものとか。脇は桜並木道になっている。昔は両側に3列ずつ位の坊舎があったそうです。下り始めてすぐ浅草観音堂跡がある。1696年に英彦山が西日本の「天台修験別本山」を認められた記念に勧請されたもの。

浅草観音堂跡
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増了坊 
すぐ左手が佐賀の鍋島公の宿泊所だった増了坊です。英彦山は、祈願成就で鍋島藩の信仰が厚くなり、たびたび参拝しここに泊まった。参道の銅の鳥居も鍋島藩の寄進です。石垣は穴太(あのう)衆の指導で、自然石が使われ、大きな太閤石をはめ込んだ「英彦山石垣」といわれる特別なものです。

鍋島藩の宿泊所「増了坊」跡
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財蔵坊(県指定文化財)
少し下りた右手が、江戸末期に建てられた財蔵坊。山伏が生活した中規模の坊舎の一つで、唯一当時のままの姿を残しています。二年前に屋根を葺き替えたばかりとか。現在歴史民俗資料館になっていますが、当日は休み(土日のみ開館)で中に入ることは出来なかった。入口には金木犀の木が植えられ、いい香りを振り撒いていました。

財蔵坊前庭で
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浄境坊

浄境坊は、元座主(宮司)の住まいで、座主院が焼失後こちらに移った。明治になって座主は「高千穂」の姓になっています。 

浄境坊玄関
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銅鳥居(国指定重要文化財)
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従来の彦山の扁額(裏側)
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参道の一番下に銅鳥居(かねのとりい)があります。高さ7m、柱回り3mの青銅製の大鳥居。寛永14年(1637)肥前藩主鍋島勝茂公から寄進されたもので、「英彦山」の扁額は、享保19年(1734)に霊元法王より下賜されたもの。裏はそれまで正面にあった「彦山」の丸いシンボルの扁額が移されました。



~~~~~~~~~~~~本日の昼食~~~~~~~~~~~~~
めん処 花縁
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午前の見学を終え、一番下の幸駅からスロープカーで花駅に戻ります。花駅は旧英彦山小学校の校舎をそのまま利用しています。
移動の効率化を考慮し、駅の中の食堂「めん処 花縁」で、うどん・そばとおにぎりで済ませることになりました。食堂のおばちゃんから、皆に大きな煎餅をいただき、車中でいただきました。


山伏文化財室
廃物稀釈で壊された仁王像
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2階の観覧無料の「山伏文化財室」を見学しました。修験道にまつわる貴重な資料を多数展示しています。

英彦山神宮奉幣殿(国指定重要文化財)
再度スロープカーに乗り、神駅まで登りました。駅から少し階段を登ると、そこが英彦山神宮奉幣殿です。観光客や登山者で賑やかでした。奉幣殿は、修験道時代の霊仙寺の大講堂でした。千鳥破風入母屋造りで、屋根は杮葺き、壁に「霧囲い」の板が張り巡らされているのが特徴的でした。現在の社殿は元和2年(1616)、小倉藩主細川忠興公の寄進により再建されました。

スロープカーから花駅を望む
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奉幣殿前で記念撮影
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修験道館
階段を降りたところに「広瀬淡窓の詩碑」と「杉田久女の句碑」が建っています。角を右手に曲がり、政所坊跡庭の前を通り、隣の修験道館を見学しました。英彦山神宮や山内で保管されてきた文物、遺跡から出土品を展示しており、千数百年の英彦山信仰と修験道の歴史がわかります。

政所坊跡庭と修験道館(奥)
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修験道館展示室
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歌舞伎で有名な「花月の座石」の前を通って参道に戻り、また石段を降ります。右手に英彦山から参加した11名の維新の志士を祀る招魂社があります。

松養坊 
松養坊(手前が式台玄関と客殿)
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最後はガイドの松養さんの実家松養坊です。家に上がってじっくり中を拝見させていただきました。ご先祖は、江戸時代初めまで天台宗の山伏(衆徒方)で、以後は英彦山大権現の祭りを司祭する神道系の山伏(惣方)、峰入りの大先達を勤める宣度山伏(行者方)などの山伏三派を総て輩出した由緒ある坊だったそうです。表参道沿いに残る坊家では最も古く、天保年間の築造とのこと。

奥の間の祭壇
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ホラ貝を吹く松養さんと種田山頭火の色紙(手前)b0273309_1650521.jpg


昭和4年と10年には、漂泊の詩人、種田山頭火が宿泊した記録があるそうです。内証の土間の2階は古文書やホラ貝、刀など当坊に伝わる各種祭具等が陳列してありました。ホラ貝は初めてでも意外と音が出ていました。
学生時代に知り合って結婚されたという奥様には、コーヒーまでごちそうになり、歓待していただきました。花駅まで戻って、ガイドの松養さんとお別れです。以前来たことがある人も、こんなに奥深い歴史があったことを初めて知り、英彦山が新鮮で身近に感じられました。ありがとうございました。

途中JR彦山駅に併設の道の駅「歓遊舎 ひこさん」に立ち寄り、添田町名産のこんにゃくなどのお土産を買って帰路につきました。
今回も有意義で楽しい史跡めぐりとなりました。皆さんお疲れ様でした。
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by Fukuoka-heguri | 2015-10-20 19:11 | 史跡巡り

J:com福岡のオンエアー

平群倶楽部の定期ガイドがJ:COM福岡の番組で紹介されています。
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インターネットでも見れます。
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市民が主役!「ふくおかまいCOM」を選択
http://www.myjcom.jp/tv/channel/fukuoka/mycom.html


J:COM福岡のオンエアー
ケーブルテレビからは「地デジ11ch」で
期間 :10月16日(金)から31日(土)
番組名:「市民が主役!ふくおかまいCOM」
時間 :1日3回 15分間
(月~金)
午前8時10分から
午後3時10分から
午後8時45分から

(土 日)
午前8時10分から
午後12時45分から
午後10時40分から

net
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by Fukuoka-heguri | 2015-10-20 16:33 | その他

2015年10月度・定期ガイド

2015年10月度・定期ガイド
飯盛神社→飯盛山(382m)→高地山(419m)→叶岳(341m)  縦走トレッキング
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参加者:49名(女性:36名、男性13名)
 スタッフ(平群12名、まるごと博3名)

10:00受付( 飯盛神社にて)⇒10:30 コース説明や準備体操
11:05 出発 ⇒12:15飯盛山 山頂到着 ⇒ (昼食) ⇒ 12:55出発 ⇒ 13:50高地山 山頂
⇒ 14:25叶岳 山頂到着 ⇒ 14:45出発 ⇒ 15:15生松台中央公園 ⇒ 15:30 解散

秋晴れ微風の絶好のトレッキング日和となりました。
参加者は定員ぎりぎりの49人、年齢は上は79歳から下は5歳のお嬢さんまでと幅広い年齢層でした。
事故やケガ人もなく、ちょうど良いコースとペースで行程をこなしました。
今回は「西区まるごと博物館」との共催で自然部会からの応援もあり、歴史だけでなく木や花や鳥などの説明が加わって、アンケートでも好評でした。

飯盛神社
飯盛山、飯盛神社や狛犬、瓦経など阿部案内人の説明。
神社とこれから登る山について予備知識ができました。
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「西区まるごと博物館」から応援
(堀さん、牛尾さん)

神社、「自然」に詳しいお二人は、時々歩みを止めて、植物、鳥の名前や特徴などの面白い話をしていただきました。
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b0273309_15452388.png会長挨拶~行程説明~準備運動の後、
11:05 いよいよ出発です!
山のベテランで、このコースを毎日の散歩道にしている古川案内人が先導し、10人程度ずつ5班に分かれ、各班一人ずつ平群の案内人が前を歩き、最後尾には健脚の案内人を配置したので、スタッフが多く安心感があったとのご意見もいただきました。今回は、中宮を迂回するなだらかな山道ルートをとりました。
約30分弱の林道分岐点で水分補給休憩後、一気に山頂を目指します。最後尾の山頂到着は12時15分でした。
飯盛山山頂(382m)
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昼食
木陰に散らばり汗を拭き、涼しい風を受けながら、持参の弁当で昼食です。
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上宮跡(瓦経塚遺跡)
瓦経塚遺跡について田山案内人が説明
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末法の世の切なる願いを瓦経に託して埋められた山頂には、中世の戦乱に消えた上宮と戦国時代の高祖山城主原田氏の端城としての郭の跡などの遺構も残っており、穏やかな眺望と裏腹の激しい歴史が刻まれています。



13時少し前に、山頂を出発b0273309_16415046.png


急こう配を
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この周辺で一番高い高地山(419m)を通過するときは、飯盛山頂上付近ほどの急こう配はありませんが、疲れてきた足には少しこたえる程度の最後の登り坂でした。

高地山山頂(419m)
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高地山は付近で一番高いのに、なぜか国土地理院の地形図には山名が記載されていません。やっとここからは比較的なだらかな下り坂になります。



叶岳山頂(341m)
叶岳神社
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叶岳山頂で休憩
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飯盛山頂から約1時間半で叶岳山頂に着きました。叶岳は古くは天狗山と言ってたそうですが、神功皇后が三韓進出の折、この地での祈願が叶ったとして、叶嶽と名付けたと古文書にある山で、現在は山頂に叶岳神社が建っています。神社なのに、主神は本地仏勝軍地蔵です。約600年前の室町時代に近くの上原の豪族吉住氏が、京都の愛宕権現から分霊を勧請し、建立したと言われています。皆さんの願いが叶いますように。

今宿方面からご参加の数名の方は、今宿へのルートを帰られるので、ここでお別れしました。
あとは急な下り坂を滑らないよう注意しながら、一気に生松台中央公園まで降りていきます。
 最後の難所
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叶ケ滝薬師堂
「叶ケ滝薬師堂」で無病息災の滝の水をいただきました。
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このすぐ下がゴールの生松台中央公園で、皆さん無事到着しました。

元気に到着!
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最年少5歳のお嬢さんも笑顔で完歩です。毎月お父さんと山に登るほどのベテランだそうで、到着後も走るほどの元気が残っていました。




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最後にクールダウンストレッチで疲れた手足の筋肉のケアをした後、アンケートを書いていただいて解散となりました。ご参加の皆様、お疲れ様でした。整然と歩いていただき、スタッフにとっても気持ちのいい山歩きでした。平群倶楽部一同、またのご参加をお待ちしています。
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by Fukuoka-heguri | 2015-10-04 20:00 | 定期ガイド