史跡案内ボランティアガイド


by Fukuoka-heguri

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2016年4月度・史跡巡り

2016年 4月度 史跡めぐり

2016年 4月19日(火)8時30分~17時30分 晴れ
長崎街道・木屋瀬宿から直方城下町散策、 参加者 7名
史跡めぐり行程 
出発 ⇒ 木屋瀬みちの郷土資料館 ⇒ (木屋瀬宿街並み散策)( 町茶屋跡・船庄屋跡・旧高崎家・村庄屋跡・西搆口・興玉神社・関番所跡・妙蓮寺・須賀公園 )
⇒ 昼食( 直方・「丸窓」)⇒ (直方散策)( 中央公民館郷土資料室・直方藩主御塔所雲心寺・西徳寺・多賀神社・石炭記念館 ) ⇒ 解散 

少し曇ってヒンヤリの朝方から、午後は晴れて日差しも強くなり、気持ちのいい散策日和でした。
木屋瀬みちの郷土資料館を館内ガイド千々和さんの案内で館内を見学した後、木屋瀬街並みガイドの近藤さんに昼まで街並みを案内していただきました。

                         
漆喰白壁の整備された美しい街並みは、宿場らしい宿場で、往時の庶民の暮らしが息づいていました。時間の都合で西側半分の散策になりました。
午後は、直方の昼食会場までお迎えいただいた、歴史ボランティア直方を語る会「とおれんじ」の榊さん他5名の皆さんが一緒に、百年という短い歴史の城下町を案内していただきました。 
直方は、街道筋の城下町としての静かな雰囲気と、石炭産業で賑わった時代の荒々しい空気がそこかしこの史跡に混在する、不思議な魅力がありました。
どちらもガイド同業者の案内ということで気を使っていただいたようですが、丁寧でわかりやすい説明で、ついつい時間の経つのを忘れてしまいました。解散も16時と予定より少し遅くなりましたが、それだけ充実した史跡めぐりでした。
   

                  

木屋瀬(こやのせ)みちの郷土資料館  

入館時に立派な六宿案内本など、資料をたくさんいただきました。木屋瀬宿は黒崎と飯塚の中間に位置し、長崎街道筑前六宿の一つです。町茶屋跡に建てられた資料館を中心に、くの字形に曲がる約900mの大通りに、江戸時代の町屋の様式が見られる風情のある宿場町が残っています。まずは旅体験をテーマとした展示になっている、館内を見学しました。

   
 みちの郷土資料館 
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館内入り口
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江戸から昭和にわたる、街道と宿場・当時の暮らし・炭鉱など、木屋瀬に密着した歴史と文化を体験できます。30分ほど見学の後、近藤さんの案内で街に出ました。西構口方面に向かって、昔のままの広さの街道を気持ちよく歩きました。  

 資料館から西へ   
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宿場の中央寄り部分の建物は、明治42年の火災で約200軒が焼失したそうで、再建され漆喰も新しくなっていますが、端の方は古い建物が残っています。大通りを渡ると右が船庄屋跡です。



船庄屋跡(梅本家)
船庄屋は、江戸時代に木屋瀬で年貢米の輸送権利をもった24艘の川舟の管理をしていました。後期に中村家から梅本弥七郎に交代した。この梅本家は油屋と号し、酒醸造(明治以降は醤油醸造)を営んでいたそうです
 
船庄屋跡(梅本家)
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旧高崎家(伊野春部生家)
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高崎家は、かつて板場と呼ばれる絞蝋業(明治時代は醤油醸造業)を営んでいました。江戸末期の商家の代表的な宿場建築として修復し、公開されています。NHKラジオ連続ドラマ「向こう三軒両隣り」等を書いた放送作家「伊馬春部」の生家でもあり、その資料も展示されていました。



高崎家内

内部は、旧高崎家のガイドさんに隅々まで案内していただきました。
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五月人形
入ってすぐの部屋には豪華な五月人形が飾られていました。
畳は縁のない琉球畳で、質素に暮らしているように見せたそうです。
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船底天井
2階の部屋の天井は、珍しい丸い形の船底天井になっています。
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出隅・入隅
コの字になった2つの部屋の雨戸は、半分ずつ両端に全て収まります。
コーナーでは出隅(凸部分)入隅(凹部分)で雨戸をそのまま外さないでも滑るように、
巧みに造られています。入隅(いりすみ)は珍しいそうです。
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村庄屋跡(松尾家)
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村全体を統括する村庄屋は、旅籠などの宿庄屋、船庄屋とともに三庄屋の一つで、松尾家は問屋場の人馬差配役になった後安政5年(1858)に村庄屋を務め、明治になってからは木屋瀬村戸長も命じられたそうです。


西構口跡(にしかまえぐち)

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宿場の西の入口に設けられた構口は、道の両側に直角に石垣を組み、その上に白壁の練塀がありました。当時の石組が残り、市の史跡になっています。

追分道程
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道の角に追分道程があります。右へ行くと赤間道で、すぐ近くの遠賀川に突き当たるところに渡場跡がありました。左が飯塚へ行く長崎街道です。


興玉神社(猿田彦神社)
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興玉神社は1715年の創建で、旅の安全を守る猿田彦神が祀られています。興は沖に通じ、遠賀川の水運の安全を祈ったとの説も。この辺りに関番所跡があったそうです。
ここらでほぼ時間になり、急いで裏道を須賀公園の方に出て、資料館駐車場に戻りました。
東側半分が回れずお互いに心残りでしたが、また来る楽しみも残して、近藤さんとお別れです。
ここから車で、遠賀川沿いを直方へと移動しました。


~~~~~~~~~ 本日の昼食 ~~~~~~~~~~~~~~
「昼定食」(900円)
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本日の昼食は、ネット検索で決めた直方駅もほど近い和食・小料理の「丸窓」です。
揚げ出し豆腐メインの定食はボリュームたっぷりで、ご飯のお変わりは自由、デザート付きと実にリーズナブルで美味しかったです。


午後のガイドをお願いしていた、「とおれんじ」の榊事務局長に、丸窓までお迎えに来ていただきました。


郷土資料館(中央公民館)

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「とおれんじ」の定例会会場として使われているという、中央公民館に車で移動し、2階の「郷土資料室」を最初に案内していただきました。弥生時代以降の当地における出土品や高取焼の出土品などが展示されています。前庭には江戸時代の女流俳諧師「諸九尼」の自筆の句碑が建っていました。
ここから車で多賀神社に向かい、駐車場でお待ちの「とおれんじ」の香月会長等5名のメンバーの皆さんと合流しました。我々とあまり変わらない人数で歓迎していただき、恐縮の限りです。多賀神社の説明は後にして、散策開始です。

現在の東蓮寺
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元和9年(1623)に、黒田長政の4男高政が4万石でこちらに封じられた時の東蓮寺藩(後に直方藩に改称)は、この地にあった寺の名を取って付けられたものといわれていますが、多賀神社の西側の高台にある現在の東蓮寺は比較的新しいもので、場所も藩とも関係はないそうです。

直方城跡
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多賀神社の南側の丘の、家の密集する平坦部分あたりが直方城跡だそうです。

雲心寺(直方藩主御塔所)
 雲心寺本堂
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初代藩主高政公の供養塔
手前は4人の殉死者の墓塔です。
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炭鉱王貝島太助一族の墓所
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炭鉱王貝島家の初代から本家、分家一族の墓がずらりと並び、全て地下は回廊で通れるようにつながっているとか。他に五大炭鉱主の1人、掘三太郎家の墓所や、直方藩家老明石助九郎の墓もありました。


西徳寺
西徳寺山門
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西徳寺山門(市指定文化財)は、廃藩後に御館山にあった直方藩主館の横門を移築したと伝えられており、軒の下や瓦に黒田家の家紋である「藤巴」が見られます。藩政時代の貴重な遺構です。

西徳寺梵鐘
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林芙美子文学碑
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鐘楼には2つの梵鐘がありますが、下に据えられた梵鐘はもともと福岡城の鐘で、藩の儒学者貝原益軒の銘があり、寛文4年(1,664)福岡藩第三代光之公の命で鋳造されたものとわかります。戦時中の金属供出により寺を離れたが、運よく鋳つぶしを免れて戻り、割れて鳴らなくなったため取り替えたものだそうです。


多賀神社
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記念撮影
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多賀神社は、8世紀の古文書に記録も残るほど歴史は古く、兵火による焼失と再建を繰り返し、1636年に初代高政公が妙見神社として再建したものを、元禄4年(1691)第四代長清公のとき、御館山藩主居館新設に伴い北側の現在地に移転されました。元禄5年に宮司が藩主の命で勅許を願い出て、元の多賀神社に改めました。一の鳥居は第四代藩主の寄進で、石炭産業全盛時の蒸気機関車の煤煙で内側が洗っても取れないほど真っ黒に黒ずんでいます。鳥居自身が、見かけでも歴史を刻んでいるようです。
神社にお参りしてから、「とおれんじ」の皆さんも一緒に記念撮影です。この後「とおれんじ」の一部の方とはご挨拶してお別れしました。詳細な資料を準備していただき、主にご説明いただいた榊さんはじめ、メンバーの皆さまにはたいへんありがとうございました。直方の歴史がよくわかりました。

石炭記念館(市指定有形文化財)
最後は石炭記念館です。ここから館内の説明は、八尋館長に代わって案内していただきました。

前庭の機関車
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石炭記念館本館
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石炭記念館本館は、明治43年当時の筑豊石炭鉱業組合が直方会議所として建築したもので、昭和46年直方市に寄贈され、石炭記念館として利用されています。筑豊の石炭100年史を物語る、貴重な資料が展示されています。

 巨大石炭塊
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本館内の展示
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重さ2tの石炭塊は、「日本一」にはクレームがついたが「日本有数の大きさ」だそうで、八尋館長自慢の?展示物です。ペ・ヨンジュン似とのたまう館長の説明は、漫才を聞いているように楽しめました。二階には、世界遺産登録になるとレプリカしか見ることができなくなるという、山本作兵衛の本物の炭鉱の絵(撮影禁止)もありました。

練習用坑道跡
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裏には珍しい炭鉱災害救助班の練習用坑道も藤棚の奥にありました。今は入れなくなっていますが、整備して入れるようにしたいということでした。

名調子の説明に時間の経つのを忘れて、30分ほど予定を超過してしまいました。
最後までお付き合いいただいた「とおれんじ」の香月会長と駐車場でお別れし、榊さんには直方駅近くの、直方名物「成金饅頭」屋まで一緒に案内してもらいましたが、残念ながら売り切れでしたので、駅前の直方出身の元大関魁皇関の銅像を見て解散としました。

直方駅 魁皇関銅像
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実に多彩な史跡を駆け足で回った感じになりましたが、何処も有意義な史跡めぐりでした。各ガイドの方々も本当に良く勉強されているようで、ポイントをつかんでの説明は、我々のガイドにも大いに参考になりました。

帰りは、農産物直売所「しんNewグァーグァー市場」で、多少のお土産を仕入れて帰路につきました。皆さん遅くまでお疲れ様でした。
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by Fukuoka-heguri | 2016-04-19 19:05 | 史跡巡り