史跡案内ボランティアガイド


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野河内・アジサイ植樹祭参加

福岡想山会 野河内往還の会
ワークショップ
アジサイの苗 植樹祭に参加しました。

2017年3月11日(土) 9:00~15:00
平群倶楽部の参加者  5名(田山、内村、深堀、古川、大賀)
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2016年10月15日には「野河内往還の会」への旧三瀬街道・飯場峠の出張ガイドを平群倶楽部が行いました。
また、11月に行っている三瀬街道・飯場峠の定期ガイドの際には地元の方々にご協力戴いているという経緯もあり今日の参加の運びになりました。

代表者の島田さんの挨拶と注意事項などの説明
b0273309_1773913.jpg平群倶楽部からは代表して田山さんがご挨拶。ユーモアたっぷりの平群倶楽部の紹介に大爆笑。
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竹が立っている所に穴を掘って苗を植えていきます。
マイ鍬を振り下ろして大奮闘の内村さん
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植えた所にはピンクのリボンを結んで目印にします。
本格的な仕事人スタイルの古川さん
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この斜面いっぱいにアジサイの花が咲きますよ~ 
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サプライズ!
昼食はお弁当持参の事となっていましたが、
地元の方々のお心遣いで、シシ鍋とお赤飯の差し入れがありました。
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地元の具材たっぷりのシシ鍋も、モチモチお赤飯もとても美味しかったです!



お世話になりました。
福岡想山会 野河内往還の会

島田さん
b0273309_2046544.jpg筒井さん
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参加の皆さま、お疲れ様でした。
足腰のケアしてお休みください。
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# by Fukuoka-heguri | 2017-03-11 20:47 | 会員の活動

2017年度・よかとこ案内人募集説明会

2017年度 「西区歴史よかとこ案内人」募集説明会
2月25日 姪浜の西市民センターで行われました。

平群倶楽部のプレゼンテーション

今年の担当は平さん

丁寧な説明とやさしい語り口で好感度NO1!
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   -----------Wellcome----------

今年は2人の方が平群倶楽部に入会されました。
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郷土の歴史に興味あり、山歩きが好き、等々
平群倶楽部の活動にピッタリの方々です。
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# by Fukuoka-heguri | 2017-02-25 18:00 | その他

2017年2月度・史跡巡り

2017年 2月 史跡めぐり

2017年 2月21日(火)9時00分~15時00分 晴れ
福岡市東区(東公園~百年蔵)の散策 
参加者 6名

史跡めぐり行程
東区ホテルレガロ駐車場 ⇒ 東公園 ⇒ 10:00松原水の井戸 ⇒ 10:20崇福寺
⇒ 11:00濡れ衣塚 ⇒ 11:30昼食(ホテルレガロ)⇒ 12:30博多百年蔵
⇒ 14:00やまや明太子工場見学 ⇒ 15:00解散

やや冷たい空気ながらも良い天気の中、先月に続き近場の散策になりました。
酒蔵や明太子の工場見学なども取り交ぜ、水や食料品といういつもと違う観点でも、福岡の歴史を感じることができる興味深い行程でした。
    
歩歩歩会の古賀会長(中央)
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午前中は、東区のボランティアガイド
歩歩歩(さんぽ)会の古賀会長に案内していただきました。
ベテランらしい幅広い知識に触れました。




東公園の梅林
最初の見学地に向かう途中の東公園、
梅が咲いていました。
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亀山上皇の像
元寇の時、敵国降伏をわが身に代えてと祈願されたという公園高台にある亀山上皇の像です。
高村光雲の弟子山崎朝雲の手になる像で1904年の建立です。
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松原水の井戸
松原水の井戸の前でガイドの古賀さんと待ち合わせです。今は水も枯れていますが昔の電車道の近くに井戸の跡が残っています。それまで市民は水をショッパイ井戸水でまかなっていましたが、明治29年(1896)付近では珍しく良い水の湧く東区の松原の中に、唯一の市設の井戸を掘り、市内に有料で配達していました。

松原水の井戸跡
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明治33年には、大正天皇が皇太子として来臨されここの水を差し上げたということです。
仲買が一石(180ℓ)10銭程で買い、小売業者に50銭で分け、大八車で戸別に配達(2ℓで5銭位?)していたそうです。大正12年に曲淵ダムが完成するまで続きました。


崇福寺
崇福寺は、1240年大宰府横岳に湛慧禅師により創建されましたが、初代藩主黒田長政により現在地に再建され、以後黒田家の菩提寺となりました。県の有形文化財の山門は、元は福岡城にあった本丸表御門で、大正7年に移築されています。本堂裏手には「福岡藩主黒田家墓所」がありますが、今は自由に出入りできなくなっており今回は行きませんでした。門前が唐津街道で、参勤交代で出立する藩主を、主だった家臣や許された庄屋や商人などが、この松原で決められた位置に並び「お見送り(松原出仕)」したそうです。

崇福寺山門
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横から見た山門
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唐破風門
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少し墓地の方に進むと、名島城から移設されたといわれる唐破風門があります。
少し痛んでいました。


三奈木黒田家の墓所
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墓地の方にまわると、三奈木(朝倉市)黒田家(官兵衛以来の重臣。明治期まで続く代々家老職)の墓所や玄洋社の墓地などもありました。見事に揃った五輪塔の形と数に歴史の長さが感じられます。豪商島井宗室の墓もあったそうですが、今はわからないとのこと。願掛け地蔵にお参りしてから博多区の方に移動しました。



濡れ衣塚
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御笠川の石堂大橋の近くの川縁に建つ「濡れ衣塚」は、聖武天皇の頃、継母に無実の罪をきせられて死んだ筑前国司の娘を供養したと伝えられています。「濡れ衣を着せる」の語源になっています。この板碑は玄武岩の自然石で康永三年(1344)の銘が入った梵字が3箇所に彫られています。元は聖福寺の正門近くにあったものが、江戸時代に御笠川の東に移され、河川改修のとき(平成13年)こちらに移築されました。

           記念撮影
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      ~~~~~~ 本日の昼食 ~~~~~~
        ホテルレガロ レストランのランチ
        金柑ゼリーのデザート付き ポークケチャップ(780円)
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     ガイドの古賀さんも一緒に早めの昼食にしました。
     コーヒーはおかわり自由とリーズナブル。
     残念ながらこのレストランは3月で店仕舞いだそうです。


博多百年蔵
築140年の明治の面影を伝え、国の有形文化財にも登録されています。
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石蔵酒造は、1587年ごろ福岡藩黒田家に帯同して姫路から中津へ移り、続いて1601年頃博多へ移ってきました。江戸時代は廻船問屋でしたが、江戸後期1850年頃から酒造業にも参入しました。幕末には、勤皇の高杉晋作や月形洗蔵等ともつながりがあったという記録があるそうです。最初の酒造場は昭和20年の空襲で焼失し、平成23年には現在の第2酒造場も火災で1000㎡が焼けましたが、分厚い屋根土が崩れ落ちて延焼を防ぎ、1階は奇跡的に残ったものだそうです。

創業者の子孫で、専務の石蔵さんに案内していただきました。

  酒蔵跡の結婚式場
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2年前に酒造用4棟が新設され、古い蔵はレストランや結婚式場として使われています。
運転手以外は試飲もでき、売店でお酒や酒まんじゅうなどのお土産を仕入れ、最後の見学地へ移動します。



やまや明太子工場
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最後はおまけで、東区松島の「やまや明太子」の工場見学をしました。杉村太蔵さんにそっくりの鳥羽さんに案内していただきました。ビデオで明太子の出来るまでを勉強し、工場で一つ一つ手作業で詰めていくラインを眺め、美味しい明太子も相当手間がかかっていることを知りました。工場は80名ほどで1日2万匹分(約4万個)の製品を処理しているそうです。原料のスケトウダラを発祥の韓国で明太(ミョンテ)ということで、その卵だから明太の子だそうです。一つ勉強しました。ごはん付きの試食のあと、ここでも売店でお土産を買って解散としました。


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バラエティに富んだ楽しい史跡めぐりでした。
案内の皆様ありがとうございました。       
皆様お疲れ様でした。
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# by Fukuoka-heguri | 2017-02-21 17:38 | 史跡巡り

2017年1月度・史跡巡り

2017年 1月 史跡めぐり
2017年 1月18日(水)10時00分~12時15分 曇り後晴れ
福岡市中央区(薬院~桜坂~六本木)の散策 
 参加者 9名

史跡めぐり行程
 「四十八の谷と勤皇派」 
薬院大通駅出発 ⇒ 子烏神社 ⇒ 味噌喰い地蔵 ⇒ 加藤司書下屋敷跡 ⇒ 桜ヶ峰神社
⇒ フクロウの森 ⇒ 月形洗蔵居宅跡 ⇒ 野村望東尼生誕地 ⇒ 菊池霊社
⇒ 護国神社 ⇒ 草ヶ江万葉歌碑 ⇒ 六本松駅解散 
 
新年会を兼ねた史跡めぐりです。予報が見事にはずれ、日差しも暖かい穏やかな、この時季最高の散歩日和になりました。地下鉄薬院大通駅に集合し、10時に出発です。
ビル街や住宅地でさえ、こうして歩くとまた変わった雰囲気に感じられます。「48」のタイトルが示す通り起伏の多い地域で、坂だらけのコースでしたが、高台からの眺めが素晴らしく、車がやっと1台通れるような風情のある坂道を右へ左へと歴史を見つけ、宝探しのような面白さがありました。福岡城の南側の抑えとして下級武士の屋敷が多かったところで、日頃からさぞ足腰も鍛えられたことと思われます。 
開発の進んだ中央区でさえ、たくさんの歴史が詰まっていました。案内は福岡市観光案内ボランティアの矢口さんにお願いしました。おなじみのお顔で最初から和気あいあい、半日で手頃な楽しい新年初歩きになりました。終わった後は、おいしい香港料理の新年会でした。


小烏(こがらす)神社
薬院から警固地区に入るとすぐ坂が始まりました。階段を登ったところに「小烏神社」があります。祭神は建角身神(タケツノミノミコト:神武天皇建国ゆかりの八咫烏に化身)で、京都下加茂にも同じ神社があります。元は警固神社の場所にあったものを江戸時代に移設したものだそうで、古くから薬院村の産土神とされていました。

小烏神社
b0273309_16102071.jpg八咫烏
太陽の化身とされる三本足のカラスが
神武天皇の大和入りの道案内をしました。
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味噌喰地蔵
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小烏神社の裏手の坂道を少し行くと、途中の筑紫学園中のグランドあたりに、丸山古墳や茶臼山古墳がありました。今は見ることはできません。左手に少し入ったところに「味噌喰地蔵」の赤い鳥居が見えます。天保の大飢饉で、食べ物を求めて城下のお救い小屋に向かう途中、坂を登りつめたところで飢えて亡くなった人々の供養のために、200年前に地蔵が据えられ施餓鬼供養が行われました。その後大願のお供えに誰かが味噌を地蔵の口につけてから、味噌喰い地蔵と呼ばれるようになったと伝えられています。


加藤司書下屋敷跡
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少し下って筑紫女学園の近くを通って桜坂の真向いの大通りを渡り、桜坂2丁目の狭い路地に入ったところに、立派な門構えの家がありました。
その門の右脇に「加藤司書下屋敷跡」の石碑が建っています。表札は別の名前になっていますが、木々の多いこの森の小高いところに加藤家の屋敷がありました。加藤司書は幕末の筑前勤皇党として藩政を握り、薩長連合にも関与して家老職にまで就きましたが、幕府の長州征討決定で藩が幕府側に付き、王政復古の2年前に36歳の若さで切腹させられています。福岡藩は、維新の有為な人材をこの時(乙丑の獄)、多数(114名)失うことになりました。


桜ヶ峰神社と茶臼塚古墳
加藤司書の下屋敷跡の裏手の清助谷から坂を登ると「桜ヶ峰神社」です。桜ヶ峰神社は、江戸時代は地蔵堂でした。修験道場として、大宰府竈門山に入る修験者はここに参拝してから入山するしきたりだったそうです。昔は桜が多かったそうですが、今は境内に一本だけ残っていました。神社の前が茶臼塚古墳だそうです。
桜ヶ峰神社
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地獄谷
地獄谷を桜谷の方へ登ります。
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フクロウの森
高級な住宅街にもこんな森が残されています。
フクロウはいなくてもフクロウの石碑が建っています。
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月形洗蔵居宅跡
通りから右に20mほど入ったところに、「月形洗蔵の居宅跡」の石碑がありました。この奥の駐車場あたりに家があったそうです。洗蔵も福岡藩の勤皇派の指導者として活躍し、長州落ちした三条実美ら五卿を大宰府へ移す際の藩の接待役となったが、保守派の反感を買い、やはり乙丑の獄で処刑されました。映画や舞台などで有名な月形半平太のモデルの1人(武市半平太と)とされます。
右の新しい家の表札にも月形とありました。周辺は洗蔵所縁の家が多いそうです。
洗蔵居宅跡
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野村望東尼誕生地  
元に戻り少し下ると「野村望東尼の誕生の地」の石碑がありました。横の電柱の裏表に望東尼の歌と説明板が張り付けてあります。望東尼は女流歌人でしたが夫に死別後剃髪し、勤皇派の尼僧として志士たちを助けました。庵の平尾山荘は志士たちの隠れ家ともなり、西郷隆盛、平野國臣等とも親交を結びました。長州の高杉晋作には幽閉先の姫島から救出され、晩年を山口で過ごしています。晋作の「おもしろき こともなき世を おもしろく」に続けて「すみなすものは 心なりけり」の下の句を付けた歌も有名です。
望東尼生誕地石碑
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菊池霊社
坂を下りきると別府橋通りにぶつかります。大通り沿いに歩いて護国神社に渡る横断歩道の近くに、「菊池霊社」がありました。菊池霊社は、肥後の菊池武時の首塚です。武時は、1333年護良親王の令旨を受けて、鎌倉幕府の博多の鎮西探題を攻めましたが、少弐・大友両家に阻まれ敗退し、この場で斬首されました。胴体を埋めた七隈の菊池神社を胴塚とも呼ぶそうです。武時は後に、楠木正成に天皇への忠義の臣として賞されました。
菊池霊社
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護国神社
護国神社は1943年に建てられた(その後空襲を受け戦後再建)新しい神社で、戦争で亡くなった方の英霊が祀られています。境内には創建時の三千本の木々が歴史を紡いでいます。県民の献木で今では倍近くなったそうです。
護国神社で記念撮影
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 木製大鳥居
大濠公園側の大鳥居は創建時に台湾から運んだ檜製で、
高さ13m、直径1.6mの日本一の木製鳥居。
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広田弘毅銅像    
神社の前の斜め向かい側にある
福岡出身の総理大臣広田弘毅の銅像
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国体道路沿いに福大付属大濠高校の角をぐるりと回って六本松に向かいます。


草ヶ江万葉歌碑

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道路沿いの草ヶ江公民館の庭に、ひっそりと「万葉歌碑」が建てられています。
この辺は入り江(草香江)でしたが、福岡城築城時埋め立てが行われました。
万葉集に大友旅人が詠んだ
「草香江の入江にあさる葦鶴(あしたづ)のあなたづたづし友無しにして」という歌が残されています。

解散
12時15分、予定通りに六本松駅に着き解散しました。矢口さんには幅広く、味わいのある説明をありがとうございました。初詣のお参りもたくさんできて、楽しい有意義な史跡めぐりになりました。皆さんお疲れ様でした



b0273309_17131341.png~~~~~新年会~~~~~
六本松駅の近くの香港料理の「月珍さんのキッチン」のコース料理
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今年最初の史跡めぐりということで、昼食は西久保さんの幹事で新年会となりました。
シェフの小屋月珍さん(女性)はメディアでもたびたび取り上げられているそうです。有機野菜と薬膳を取り入れた家庭料理でした。疲れた体と喉に冷えたビールが沁みわたり、空いたお腹に点心やエビチリ、貝柱時菜などの料理にチャーハンとスープが格別おいしく感じられました。お腹いっぱい満足で帰途につきました。    
今年も大いに史跡巡りを楽しみましょう!
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# by Fukuoka-heguri | 2017-01-18 16:06 | 史跡巡り

2016年 12月 ジュニアプロジェクト

2016年 12月 ジュニアプロジェクト 
金印、勾玉作り

日 時  12月17日(土)14〜16時
場 所  下山門公民館
対 象  小学生
本日の参加者は、32名(勾玉作り15名、金印作り17名) 
平群倶楽部メンバーは、9名の参加


      寒い中、今年も子供たちの元気で楽しそうな声が溢れました。
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開会あいさつ
公民館の方から開会のご挨拶がありました。
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担当者挨拶
担当の白浜さんが平群倶楽部の紹介と金印・勾玉のできた歴史について簡単にお話しました。
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b0273309_14182798.jpg勾玉作り
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縁に座り込んで、コンクリートブロックをヤスリ代わりに、満足できるまで丸く磨いていきます。洗面器の水で洗いながら磨くと光沢が出てきます。
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勾玉 完成
大満足!
こんなに綺麗に出来ました。
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ハイ ポーズ!
お母さんと来た子は、首にかけてちょっと照れくさそう。
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b0273309_14571756.png金印作り
金印グループも印のデザインを考え、押す時に逆にならないように、滑石の印面に反転文字をボールペンの先で慎重に彫りこんでいきます。デザインがなかなか決まらず悩む子もいました。
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めっちゃ楽しいと、賑やかに彫っていましたが、彫りすぎて最初は失敗。削って作り直したので、出来上がりは最後になりました。今日の友達の誕生パーティに持って行って見せるそうです。
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紐通し用の穴を削った取っ手を付けて、金色のスプレーをかけると完成です。
乾くのが待ち遠しい子供たちが、傍で見守っていました。
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金印 完成
頑張りました!
半乾きですが労作完成です。
赤くなっている印面にはわりと複雑な苗字が彫られていました。
大事に新聞紙に包んで持ち帰ります。
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終了
初めて参加の大石さんも頑張りました。
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           記念撮影
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終了の挨拶後、それぞれ作品をかざして記念撮影です。良い出来栄えを褒めると得意げで嬉しそうな何とも良い笑顔になる子供たちに、我々も癒されたひと時でした。来年も待っていますよ。
皆さんお疲れ様でした。
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# by Fukuoka-heguri | 2016-12-17 19:15 | ジュニアプロジェクト