史跡案内ボランティアガイド
by 平群倶楽部
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2018年1月度・史跡巡り(市内西新~藤崎散策)
2018年 1月度 史跡めぐり
2018年 1月17日(水)9時15分~12時00分 曇り後雨
市内西新・藤崎の史跡散策と新年会 参加者 8名(新年会10名)
史跡めぐり行程
9:15地下鉄西新駅出発 ⇒9:20 頭山満手植之楠(西新緑地)⇒ 9:40 西南学院大学構内{1号館内(元寇防塁跡)⇒ 博物館 ⇒ 元寇神社・元寇防塁跡(国史跡)}
⇒ 10:45 千眼寺 ⇒ 10:55 藤崎一里塚 ⇒ 猿田彦神社 ⇒ 藤崎遺跡記念碑
⇒ 旧三瀬街道分岐点 ⇒ 11:15 高取焼味楽窯 ⇒ 11:25紅葉八幡宮
⇒ 11:55元寇祖原戦跡碑(祖原公園)⇒ 12:00 解散 ⇒ 12:20 新年会「わび助」13:40
時々雨の予報で危ぶまれましたが、時折傘をさしながら何とか予定のコースを回れました。
地下鉄西新駅に集合し、西新周辺から藤崎方面へ、最後は祖原まで戻る半日コースでした。
今回も「福岡市観光案内ボランティア協会」の矢口さんに、案内をお願いして身近な街の隠れた歴史の痕跡を隅々まで掘り起こしました。
何気なく横を通っていた道の此処かしこに、説明を聞くと「なるほど!」と「へぇー?」が飛び交う楽しい案内で、新たな発見がそれぞれの人にあった有意義な史跡めぐりでした。 終了近くになって雨が強くなり、雨の祖原公園で解散となりました。
終了後は昼食を兼ねて、祖原の美味しいお茶しゃぶ屋さんで新年会となり、今年の平群倶楽部の活動の気合を合わせました。
頭山満手植之楠
西新駅から地上に上がってすぐの西新緑地内には、1855年にこの近くで生まれた玄洋社総裁頭山満が、11才の時に植えて成長を競ったと伝わる楠が、元気に育っています。50~60年前に、そのままここに移植されたそうです。
元寇防塁移設復元展示コーナー(西南学院大1号館内)
1号館建設の際(1999年)に検出された元寇防塁の遺構を、残っていた当時の一部の構造から復元し、校舎内の吹き抜けに展示公開しています。1mの間隔で幅1.5m高さ1.3mの粘土と砂を交互に積み重ねた土塁と、高さ2.4mの石塁が2列構造になっているのが特徴的です。
西南学院大学博物館西南学院大学博物館
博物館
博物館が開館前だったので、1号館から先に回り、開館時間に合わせてこちらに引き返しました。蔦の見事に絡まった博物館は、クリスチャン系の大学のためキリスト教に関する様々な資料が展示されています。建物の中の礼拝堂を兼ねた古い講堂も見学しました。
魔鏡のキリスト像
博物館の見所は、鏡の背面から光の反射で
キリストの像が浮かび上がる「魔鏡」です。
聖書植物園
博物館の周囲には、聖書植物園として、聖書に出てくる約100種類の植物が植えてありました。
サザエさん通り
校舎の間を通る脇山口から福岡タワーへの道は、戦後すぐの頃長谷川町子さんがこの近くに住んでいて、漫画サザエさんの構想を練っていたことに因んで、「サザエさん通り」と名付けられています。図書館前の交差点脇に、作者の町子さんとサザエさんの像が並んでいます。
元寇神社・元寇防塁跡(国史跡)
体育館南側には国史跡の元寇防塁跡と元寇神社が並んでいました。
元寇神社
元寇神社は、元寇で亡くなった人達を祀ってあります。
元寇防塁跡
未発掘の元寇防塁跡
さらに西へ少し行くと松林の中の市営の墓地の横に、未発掘の防塁跡も石塁の頭を見せています。
大悲山千眼寺
昭和通りに戻って、市内唯一の黄檗宗のお寺「千眼寺」は、見事な中国明朝様式で美しい石庭があり、街中の喧騒を忘れるほどの静寂に包まれていました。
本堂
本堂には「釈迦如来坐像」と、向かって左に禅の創始者「達磨大師像」、右に伽藍の守護者「関亭像」という初めて見る取り合わせで、これが黄檗宗なのかと驚きました。
藤崎一里塚
福田眼科病院の建物の横に、藤崎一里塚の石碑が建っています。福岡城の上の橋から唐津街道を一里の目印です。近くから移設されたもので、「塚」はありません。
猿田彦神社
玄関に掛けてある
縁起物の猿面
道路沿いにある猿田彦神社は、いつも年初めの庚申の日(今年は28日)には、参拝の客で大賑わいします。名前にちなんだ猿がシンボルで、厄が去るようにと赤い猿のお面を買い求める長蛇の列ができます。
災難を祓い、福を授かるように一足早く祈願しました。
藤崎遺跡記念
ドコモの店の入るビルの横にピカピカの石碑がありました。もともとこの辺りは藤崎遺跡の上に町が出来、地下鉄が走りました。工事にあたり多数の甕棺が出土し、近くに竈が発掘された弥生の住居跡「西新遺跡」の人たちの墓地だったと考えられているそうです。今はこの石碑だけが、歴史を伝えていきます。
旧三瀬街道分
千眼寺の斜め前から南へ延びるこの道は、唐津街道から我々のエリアの金武宿へ続く、三瀬街道への分岐点です。もうひとつ東隣の紅葉八幡宮の前を通る道が坂道だったため、新しくこちらに平坦な道を作ったということで、両方とも三瀬街道というとの説明でした。
高取焼味楽窯
味楽窯
高取焼味楽窯は、福岡藩の御用窯でした。朝鮮の役で黒田長政に半島から連れてこられた八山を祖として、鷹取山(直方)に開かせたのが起源で、藩のあつい保護を受け、後に小堀遠州の指導で確立した伝統を今に伝えています。約300年前に小石原から現在地に移り開窯され、現在の窯元は、15代亀井味楽です。以前は近くにたくさんの窯元があったそうですが、今はこの1軒だけ残っています。邸内に登り窯も残っていますが、現在ここでは焼いてないそうです。
利生庵
味楽窯のすぐ近くの、予定になかった利生庵まで紹介していただきました。四代藩主綱政が腹痛で困ったときに、ここで山伏が祈祷後に利生の水を飲ませたところ、快癒したという言い伝えがあります。名前は敷地内の介護施設の名で残り、石碑が建っています。庭にはお堂と13地蔵が並んでいました。
御神水 利生の水
紅葉八幡宮の手水舎の横にその「御神水利生の水」が出ており,お腹は痛くないけど・・・・
皆で飲んでみました。
紅葉八幡宮
紅葉八幡宮の由緒は、平群倶楽部のガイドエリアの橋本八幡宮と全く同じです。室町時代に三代光之生誕の地、橋本に創建された神社が、黒田騒動の解決祈願が叶ったことを嘉し、百道(現西新パレス付近)に遷宮され福岡藩・黒田家の守護神として崇敬されてきました。さらに町の開発に伴い大正2年、現在地に遷宮されたものです。そのせいか、何となく親しみの湧く神社です。
元寇祖原戦跡
祖原公園の元寇戦跡碑
紅葉八幡宮を出発する頃から、雨足が強くなってきました。雨の中の移動がたいへんでしたが、15分ほど歩いて最後の見学地祖原公園に到着です。元寇遺跡となっている33mの祖原山の一番高い眺めの良いところに、「元寇祖原戦跡碑」が建てられています。詳しい発掘調査はされていませんが、元寇の際に元軍はここまで侵入し占領したそうです。激しい戦いの結末は衆知のとおりですが、最後は兵どもの悲惨な戦いの痕跡を洗うかのような雨となりました。
ちょうど予定の12時になり、ここで史跡めぐりは解散です。
◇◇◇◇◇◇◇◇ 新年会 ◇◇◇◇◇◇◇◇
「お茶しゃぶ わび助」(祖原)
祖原公園を祖原の方に下って、西新までの途中にある「わび助」で、昼食を兼ねた新年会としました。乾杯のビールで喉を潤してから、美味しい糸島豚の「お茶しゃぶランチ」と「山椒すき焼き鍋ランチ」をいただきました。
ランチ(各1,680円)=デザート&コーヒー付き
山椒すき焼き鍋
お茶しゃぶ
八女茶とほうじ茶の珍しいお茶でのしゃぶしゃぶ
皆さんお疲れ様でした。
今年も明るく楽しく活動していきましょう。
平郡倶楽部にとって良い年になりますように!
2018年 1月17日(水)9時15分~12時00分 曇り後雨
市内西新・藤崎の史跡散策と新年会 参加者 8名(新年会10名)
史跡めぐり行程
9:15地下鉄西新駅出発 ⇒9:20 頭山満手植之楠(西新緑地)⇒ 9:40 西南学院大学構内{1号館内(元寇防塁跡)⇒ 博物館 ⇒ 元寇神社・元寇防塁跡(国史跡)}
⇒ 10:45 千眼寺 ⇒ 10:55 藤崎一里塚 ⇒ 猿田彦神社 ⇒ 藤崎遺跡記念碑
⇒ 旧三瀬街道分岐点 ⇒ 11:15 高取焼味楽窯 ⇒ 11:25紅葉八幡宮
⇒ 11:55元寇祖原戦跡碑(祖原公園)⇒ 12:00 解散 ⇒ 12:20 新年会「わび助」13:40
時々雨の予報で危ぶまれましたが、時折傘をさしながら何とか予定のコースを回れました。
地下鉄西新駅に集合し、西新周辺から藤崎方面へ、最後は祖原まで戻る半日コースでした。
今回も「福岡市観光案内ボランティア協会」の矢口さんに、案内をお願いして身近な街の隠れた歴史の痕跡を隅々まで掘り起こしました。
何気なく横を通っていた道の此処かしこに、説明を聞くと「なるほど!」と「へぇー?」が飛び交う楽しい案内で、新たな発見がそれぞれの人にあった有意義な史跡めぐりでした。 終了近くになって雨が強くなり、雨の祖原公園で解散となりました。
終了後は昼食を兼ねて、祖原の美味しいお茶しゃぶ屋さんで新年会となり、今年の平群倶楽部の活動の気合を合わせました。
頭山満手植之楠
西新駅から地上に上がってすぐの西新緑地内には、1855年にこの近くで生まれた玄洋社総裁頭山満が、11才の時に植えて成長を競ったと伝わる楠が、元気に育っています。50~60年前に、そのままここに移植されたそうです。
元寇防塁移設復元展示コーナー(西南学院大1号館内)
1号館建設の際(1999年)に検出された元寇防塁の遺構を、残っていた当時の一部の構造から復元し、校舎内の吹き抜けに展示公開しています。1mの間隔で幅1.5m高さ1.3mの粘土と砂を交互に積み重ねた土塁と、高さ2.4mの石塁が2列構造になっているのが特徴的です。
西南学院大学博物館西南学院大学博物館
博物館
博物館が開館前だったので、1号館から先に回り、開館時間に合わせてこちらに引き返しました。蔦の見事に絡まった博物館は、クリスチャン系の大学のためキリスト教に関する様々な資料が展示されています。建物の中の礼拝堂を兼ねた古い講堂も見学しました。
魔鏡のキリスト像
博物館の見所は、鏡の背面から光の反射で
キリストの像が浮かび上がる「魔鏡」です。
聖書植物園
博物館の周囲には、聖書植物園として、聖書に出てくる約100種類の植物が植えてありました。
サザエさん通り
校舎の間を通る脇山口から福岡タワーへの道は、戦後すぐの頃長谷川町子さんがこの近くに住んでいて、漫画サザエさんの構想を練っていたことに因んで、「サザエさん通り」と名付けられています。図書館前の交差点脇に、作者の町子さんとサザエさんの像が並んでいます。
元寇神社・元寇防塁跡(国史跡)
体育館南側には国史跡の元寇防塁跡と元寇神社が並んでいました。
元寇神社
元寇防塁跡
さらに西へ少し行くと松林の中の市営の墓地の横に、未発掘の防塁跡も石塁の頭を見せています。
大悲山千眼寺
昭和通りに戻って、市内唯一の黄檗宗のお寺「千眼寺」は、見事な中国明朝様式で美しい石庭があり、街中の喧騒を忘れるほどの静寂に包まれていました。
本堂
本堂には「釈迦如来坐像」と、向かって左に禅の創始者「達磨大師像」、右に伽藍の守護者「関亭像」という初めて見る取り合わせで、これが黄檗宗なのかと驚きました。
藤崎一里塚
福田眼科病院の建物の横に、藤崎一里塚の石碑が建っています。福岡城の上の橋から唐津街道を一里の目印です。近くから移設されたもので、「塚」はありません。
猿田彦神社
縁起物の猿面
災難を祓い、福を授かるように一足早く祈願しました。
藤崎遺跡記念
ドコモの店の入るビルの横にピカピカの石碑がありました。もともとこの辺りは藤崎遺跡の上に町が出来、地下鉄が走りました。工事にあたり多数の甕棺が出土し、近くに竈が発掘された弥生の住居跡「西新遺跡」の人たちの墓地だったと考えられているそうです。今はこの石碑だけが、歴史を伝えていきます。
旧三瀬街道分
千眼寺の斜め前から南へ延びるこの道は、唐津街道から我々のエリアの金武宿へ続く、三瀬街道への分岐点です。もうひとつ東隣の紅葉八幡宮の前を通る道が坂道だったため、新しくこちらに平坦な道を作ったということで、両方とも三瀬街道というとの説明でした。
高取焼味楽窯
味楽窯
高取焼味楽窯は、福岡藩の御用窯でした。朝鮮の役で黒田長政に半島から連れてこられた八山を祖として、鷹取山(直方)に開かせたのが起源で、藩のあつい保護を受け、後に小堀遠州の指導で確立した伝統を今に伝えています。約300年前に小石原から現在地に移り開窯され、現在の窯元は、15代亀井味楽です。以前は近くにたくさんの窯元があったそうですが、今はこの1軒だけ残っています。邸内に登り窯も残っていますが、現在ここでは焼いてないそうです。
利生庵
味楽窯のすぐ近くの、予定になかった利生庵まで紹介していただきました。四代藩主綱政が腹痛で困ったときに、ここで山伏が祈祷後に利生の水を飲ませたところ、快癒したという言い伝えがあります。名前は敷地内の介護施設の名で残り、石碑が建っています。庭にはお堂と13地蔵が並んでいました。
御神水 利生の水
紅葉八幡宮の手水舎の横にその「御神水利生の水」が出ており,お腹は痛くないけど・・・・
皆で飲んでみました。
紅葉八幡宮
紅葉八幡宮の由緒は、平群倶楽部のガイドエリアの橋本八幡宮と全く同じです。室町時代に三代光之生誕の地、橋本に創建された神社が、黒田騒動の解決祈願が叶ったことを嘉し、百道(現西新パレス付近)に遷宮され福岡藩・黒田家の守護神として崇敬されてきました。さらに町の開発に伴い大正2年、現在地に遷宮されたものです。そのせいか、何となく親しみの湧く神社です。
元寇祖原戦跡
祖原公園の元寇戦跡碑
ちょうど予定の12時になり、ここで史跡めぐりは解散です。
「お茶しゃぶ わび助」(祖原)
祖原公園を祖原の方に下って、西新までの途中にある「わび助」で、昼食を兼ねた新年会としました。乾杯のビールで喉を潤してから、美味しい糸島豚の「お茶しゃぶランチ」と「山椒すき焼き鍋ランチ」をいただきました。
ランチ(各1,680円)=デザート&コーヒー付き
山椒すき焼き鍋
お茶しゃぶ
八女茶とほうじ茶の珍しいお茶でのしゃぶしゃぶ
皆さんお疲れ様でした。
今年も明るく楽しく活動していきましょう。
平郡倶楽部にとって良い年になりますように!
by Fukuoka-heguri
| 2018-01-17 19:53
| 史跡巡り
|
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