史跡案内ボランティアガイド


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愛宕浜公民館での特別講座

愛宕浜公民館
b0273309_15265445.jpg2017年9月7日 10時~13時
福岡市西区愛宕浜公民館に於いて
平群倶楽部の矢野会長が歴史特別講座を行いました。
「ふれあいカフェ愛宕浜」の催し物の一環で
歴史の話をしてほしいとの依頼があったものです。
朝から雨という生憎の悪天候でしたが20人の方が集われました。





資料やスライドを用意して西区の史跡の説明をする矢野会長
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みなさん西区の歴史や史跡に興味を持っていただいたようでした。
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# by Fukuoka-heguri | 2017-09-07 15:30 | その他

ジュニアプロジェクト

2017年7月 ジュニアプロジェクト 
金印、勾玉作り


日 時  7月31日(月)9:30〜11:30
場 所  壱岐南公民館
対 象  小学生
参加者=47名(勾玉作り28名、金印作り19名)
    女子=33人 男子=14人 
平群倶楽部メンバー参加者=13名

本プロジェクトは、南金武公民館で1回目をスタートしましたが、今年でちょうど10年という節目です。
今回は珍しく月曜日開催となりましたが、夏休みとあって47名とたくさんの参加がありました。
内、新1年生が9名と初々しい顔ぶれでした。
この日の最高温度は34℃と猛暑でしたが、子供たちの真剣な表情と元気で楽しそうな声が暑さを吹っ飛ばしてくれました。

受付
(公民館の上穂木主事)
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開会
公民館長挨拶
公民館の本庄新館長の主催者挨拶がありました。
館長には初めてということで、この後子供達と一緒に
勾玉造りにも挑戦していただきました。
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簡単な作業の注意事項と地域の古代の歴史等
ジュニアプロジェクトの白浜担当者が説明しました。
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熱心に聞き入る子供たち
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勾玉つくり

四角い滑石にデザインを書き込みます
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        好みの形になるまでヤスリやブロックで型に合わせて丸く削っていきます。
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サンドペーパーなどで形を整えたら、耐水ペーパで水をつけながら丹念に磨いて光沢を出します。
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           勾玉を紐に通して飾りのビーズをその両側に対称に通していけば
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              完成!

照れくさいけどうれしい~
b0273309_15561451.jpg1年生です。小さくてもやりましたよ。
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         恥ずかしいから控え目ピース?
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金印つくり

印のデザインを考えてから手順を確かめながら
世界に1個の印を彫っていきます。
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       四角い滑石にトレース紙で裏返しの字を写し
       ボールペンの先で線が重ならない様に字の部分を掘っていきます。
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                  字が綺麗にでるかどうか、ときどき試してみます。
                   きれいに彫れましたね。
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彫った印に好きな形に削った取手(ちゅう)をつけます。
強力な瞬間接着剤は子供には危険なので担当者が。
金のスプレーを吹きかけたら完成です。
外に干してあとは乾くのを待つだけ。
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               完成!
ヤッター!自信のピース
b0273309_1628095.jpg     金ピカの自分の印が完成
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記念撮影
勾玉グループ
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金印グループ
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皆さん笑顔で終了しました。それぞれオリジナリティーあふれる自分の勾玉を首にかけたり、
乾いた金印をそれぞれ手に持って、同行のお母さんや指導者たちと一緒に記念撮影です。
「また来年もねっ」と言って、解散しました。
作品は夏休みの良い思い出になります。


反省会
終了後は、恒例の内村さんの手打ち蕎麦と白浜さん持参のスイカで慰労と反省会を行いました。
公民館にもおすそ分けして喜ばれました。

蕎麦打ち名人の内村さん
b0273309_16531638.png公民館の炊事場を借りて茹でた美味しい蕎麦。
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b0273309_1724080.jpg子供たちには楽しい古代の経験、私達は子供達の笑顔で元気をいただき、
今年も素敵な良いイベントでした。
壱岐南公民館の皆様ありがとうございました。
参加の皆様お疲れ様でした。
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# by Fukuoka-heguri | 2017-07-31 17:52 | ジュニアプロジェクト

2017年6月度・史跡巡り

2017年6月 史跡巡り
2017年 6月20日(火)8時30分~17時00分 曇り後雨
久留米市内の史跡を訪ねて
参加者 7名

史跡めぐり行程
 8:30 出発 ⇒ 9:45 久留米城址 ⇒ 10:55 梅林寺 ⇒ 11:20 水天宮
⇒ 11:55 昼食「ブリジストンクラブ」⇒ 13:20 高良大社・神護石
⇒ 15:30草野資料館 ⇒ 16:00解散 

2013年3月19日以来、2度目の久留米市内の史跡巡りです。
九州北部は梅雨入りしていても今日まで雨がなかったのに、天気予報通り昼頃からポツリポツリと落ちだし、帰る頃には土砂降りとなりました。時間が押した上に雨が強くなっていたので、最後の草野の街並み歩きだけは取りやめましたが、他は何とか予定のコースをほぼ傘なしで満喫できたのは幸いでした。新会員2名を含む7名、車2台で、久々に九州自動車道を利用しました。




久留米城址の有馬記念館前で久留米観光ボランティアの会の草場会長と落ち合いました。
立派なお髭に歴史を感じます。会員は30名ほどいるとのことでしたが、今日のガイド担当は否応なしに、会長マターになったそうです。
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久留米城址

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久留米城は、初代藩主有馬豊氏が元和元年〈1621〉に入国して以来、江戸時代に筑後八郡を支配した有馬氏の居城でしたが、今は本丸跡だけ残っています。筑後川を背にし、南に市内を望む馬の背のような高台に、二の丸、三の丸、外郭の武家屋敷などが連なっていたそうです。

太鼓櫓跡
閑静な本丸跡を歩きます。大手枡形の左手の隅櫓(太鼓櫓)跡には、明治維新の際に勤皇に尽くした藩士(真木和泉守他)を偲ぶ、大きな記念碑「西海忠士の碑」が建っています。2005年の西方沖地震で倒れたそうですが、やっと立て直したそうです。
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篠山神社
久留米藩は、明治4年に反維新政府の乱で罰せられ廃城となり、後にすべての建物が徹底的に破却されましたが、明治12年に有志により、4名の旧藩主を祭神とした篠山神社が創建されました。ここにも少し時代を先駆け過ぎた、敗者の歴史が残っています。
北側の筑後川に面した艮櫓跡と乾櫓跡の一角は石垣がなく、自然の崖を利用しており、一帯は敵の侵入もままならない湿地帯だったそうです。久留米藩領だった八女出身ということで、白村江の戦いで捕虜になった「大伴部博麻の碑」も建っていました。筑後川を挟んだ対岸の佐賀藩とは仲が悪かったとか、久留米の誇りブリジストン創業者の石橋正二郎のエピソードも、ここで面白く聞きました。
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約10 車で移動

梅林寺
梅林寺は有馬氏の菩提寺です。臨済宗妙心寺派の古刹で、九州一の修行道場としても有名で今も多くの「○○窟」(道場等)の建物が周囲に建っています。


梅林寺山門
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山門を入ると、心落ち着く閑静な境内が広がっています。修行の場なので、大きな声で案内して怒られたことがあるそうです。梅林の名は、梅の木があるからではなく、初代藩主の諱の「梅林」からきています。

唐門と本堂
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天皇陛下しか通れない唐門だそうです。門扉には立派な木彫り細工が施してありました。


葵の紋のつく霊廟
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裏手の墓地には、各藩主の墓や霊廟、重臣の墓などもあります。初代藩主豊氏の霊廟(右三つ巴紋)の隣には、徳川家から嫁入りした室の霊廟(葵の紋入り)が並んでいます。

車で移動



詳しくはクリック
水天宮(国指定史跡)
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安徳天皇伝説が面白いものでした。その後も安徳天皇は田主丸竹野辺りで生き延びており、千代姫と結ばれできた子ではないかと思わせる人の記録が寺にあったという。今でもその地域には電話帳1頁分ほど安徳姓が残っており、平知盛(清盛の四男)の墓(平家塚)や平姓(でーらと呼ぶ)も多く残っている。平と名乗れなかった時代は名を変え、坂梨(さかなし=たいら)とした者もいるとか。まさにロマンです。

眞木和泉守の銅像
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幕末の勤王家眞木和泉守保臣は、第22代宮司です。境内には和泉守の銅像が建っていました。蛤御門の変で敗れ自死しましたが、後に新政府から顕彰され、今楠公ともよばれています。



~~~~~~~~  本日の昼食  ~~~~~~~~
           ブリジストンクラブ
        (ブリジストン久留米工場の前にあり、一般にも開放しています)

おろしハンバーグ定食・800円
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焼肉定食・800円
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メインのハンバーグも焼肉も柔らかくて美味しく価格もリーズナブルなランチでした。
料理だけでなく、お茶がとても美味しかったのにサービスの良さを感じました。



高良大社に向けて車で移動



高良大社(国重要文化財)
40年ぶりの大修理の真最中(6月末完了)で、参拝は仮の拝殿からしかできませんでしたが、屋根の真新しい檜皮葺きが黄金色に輝いていました。
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文化財に指定され、神社建築としては九州最大の大きさを誇ります。祭神は高良玉垂命(正殿)、八幡大神(左殿)、住吉大神(右殿)ですが、他にも諸説あるようです。仁徳天皇55年(78年?)鎮座、履中天王元年創建と伝えられています。大正4年には国幣大社とされています。
もともと高木神(高御産巣日神、高牟礼神)が鎮座していたのを譲ったとの伝説があり、山の名前も高牟礼山が転じて高良山の良字を当てたという説もあるそうです。


高良大社宝物殿
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神官の岡部さんの案内で、宝物殿内の展示物の説明をお聞きしました。中世に描かれたという「絹本著色高良大社縁起」の大きな絵巻が見所です。近くの古墳で発掘された三角縁神獣鏡なども展示されていました。


神護石(国指定史跡)

馬蹄石(神護石)
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高良山神護石(国指定史跡)は、前記「高良大社縁起」の山内図では、高良大社参道にある磐座(馬蹄石)を神護石といい、山幅を取り巻く列石遺構は八葉の石畳と紹介していますが、明治時代に歴史学者が、列石遺構を神護石と紹介したため、以後学術用語になっています。今では神域説ではなく、山城説が定説になっていますが、名前だけはそのまま残っています。

大学稲荷神社前の列石遺構

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高良大社裏の列石
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神護石(列石遺構)は、高良山西側斜面に位置し、高良大社の本宮山(253m)を最高所とし、西方に二つの尾根沿いに5つの山と2つの谷を取り込むように築造され、総延長1.5㎞が確認されています。谷底には水門の石組も残っています。未確認の部分は地震で崩落したと推定されています。
古代山城遺構は26か所発見されていますが、朝鮮式山城と違い、神護石式山城は文献にも現われず、正確な築造時期は謎だそうです。

南谷水門跡
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谷に下りて、予定外の水門跡まで見学しました。
南谷水門の石塁の推定規模は、長さ約13m、高さ約4.5m、基底部幅約9.5mとされています。

予定時間を超過して最後の見学地へ車で移動


草野歴史資料館(国登録文化財)

移動途中また雨が降り出し、草野資料館の到着は1時間ほど遅れてしまいました。
草場さんとはここでお別れし、館内は館の筒井さん(女性)に時間を半分に急かして、案内していただきました。わかりやすい説明でした。
(写真は草野資料館HPより)
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草野歴史資料館は、当地に勢力を張った豪族草野氏ゆかりの資料や草野町の歴史に関する遺産などを展示しています。資料館の建物も明治時代末の旧草野銀行本店で、国登録文化財になっています。


b0273309_13571950.jpg雨の為街並み散策は中止
草野の城下町案内予定のボランティアガイドの方も、館内で2時間も待っていただいていたそうですが、外は強い雨となっており、時間も遅くなったため、やむなく街並み散策はあきらめました。



お城に城下町、お寺、神社、神護石の巡る自然と、実にバラエティに富んだ研修先で見所も多く、久留米の魅力を堪能しました。案内をお願いした「久留米観光ボランティア」の草野会長の久留米愛に満ちた巧みな語りで、歴史の裏のエピソードや、勝者の歴史に隠された有馬藩や安徳天皇・平氏の物語の数々も楽しく勉強できました。
初参加の2人の方も、史跡めぐりがこんなに楽しく勉強できるなんてと満足気でした。
皆さんお疲れ様でした。
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# by Fukuoka-heguri | 2017-06-20 17:46 | 史跡巡り

2017年5月度・定期ガイド

2017年 5月度 定期ガイド
5月27日(土)快晴
野方~飯盛~吉武高木地区 歴史・自然探訪コース
  「やよいの風公園」グランドオープン記念
参加者:41名(女性:17名、男性 24名)、案内人 11名
コース:「野方(営)バス停」横に、9時30分までに集合・受付
    (9時35分スタート)野方遺跡(中央公園)に移動後 コース説明・準備体操
    野方遺跡 ⇒ 松林飯山の碑 ⇒ 大村桜(羽根戸集会場トイレ休憩) ⇒ 飯盛神社⇒
    飯盛文殊堂 ⇒ 昼食(神社境内)⇒ やよいの風公園(吉武高木遺跡)(14時20分解散)


微風の「五月晴れ」に恵まれ、素晴らしいウォーキング日和でした。4月15日の「やよいの風公園」グランドオープンのニュースの効果もあってか、このコース始まって以来の40名を超える多数の参加者となりました。南区からは公民館の趣味の会の6名グループでの参加、また途中飛び入りの参加者などもありました。年齢も49才から最高87才までと多様で、80歳以上の方が4名もありましたが、年齢を全く感じさせず最後まで元気に歩きました。

野方中央公園

開会あいさつ~準備体操
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野方遺跡(国史跡)
西久保案内人が、国史跡の野方遺跡と大小2つの環濠について説明しました。
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大きな環濠

b0273309_14522179.jpg小さな環濠
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径100m位の円形環濠の内部で、九州で初めて見つかった竪穴式住居跡が、「住居跡展示館」にそのまま展示されています。あいにく5月から約2年間(平成31年3月末まで)リニューアル工事で閉館になったばかりでしたので、今回は見学できませんでした。



松林飯山生誕碑
当地で生まれで飯盛山にちなんだ飯山の号をもつ維新の先駆者について
田山案内人が説明しました。
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   [4月17日撮影]
b0273309_15222918.jpg飯山の縁で大村から集会場の庭に移植された、国の天然記念物「大村桜」も見学しました。十二単の桜とも言われる、花びらが何段にも咲く大村桜は、今はもちろん葉桜でした。



飯盛神社(市指定文化財)
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いつもは静かな境内ですが今日は賑やかに子供のお餅踏みの儀式が続いていました。
木陰に入って、大賀案内人が神社の由来や神事を説明しました。

御神木「梛(なぎ)」
縁結びの木ということでいつものように人気です。
葉っぱを1枚ずつお持ち帰りいただきました。
b0273309_1533921.jpg装飾器台付子持ちはそう(国重文のレプリカ)
境内の休息所に展示してあります。
現在、本物は伊勢神宮の徴古館所蔵。
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飯盛文殊堂
交代で文殊堂の中に入り貴重な絵馬や写真に見入ります。
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文殊菩薩獅子像(市重要文化財)
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念願の文殊菩薩獅子像を間近に拝みます。今日もやさしく眼下を見つめていらっしゃいました。
いつも鍵が閉まっているのに、初めてこんなに近くで拝めて感動しましたという参加者もありました。これでいつまでも知恵の泉が枯れませんように。


 ~~~~~ 昼食  ~~~~~
三々五々神社に戻ったり、文殊堂周辺に散らばったりして、12時15分からやっと昼食タイムです。木陰は涼しく、持参の弁当がいつもより美味しく感じられました。

食後の休息
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姉妹で参加された塩見さんと鈴木さん
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飯盛神社さんのご利益でしょうか?
久しぶりのお仲間たちと再会もありました。
※ご参加の南條さんの写真をお借りしました。
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みなみ情報発信隊の棚町さん
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やよいの風公園

オープンセレモニー(4月15日)
5年にわたる史跡公園整備がひとまず完了し、
4月15日にグランドオープンのセレモニーが
開催されたばかりです。
b0273309_16412615.jpg名づけ親の1人として平群倶楽部の田山案内人も式典に招待されました。
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        全員で記念撮影
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吉武高木遺跡(国史跡)
まがたま館で、平案内人がまず周辺の吉武遺跡群全般と発掘までの動きや公園化の歩みを説明した後、2班に分かれて、時間をたっぷり取って公園内の各ポイントを巡りました。
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「昔見つけ広場」
一方のグループは、矢野案内人が担当しました。
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甕棺墓群「甕棺ロード」
もう一方のグループは平案内人が担当しました。
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「やよいの川」横ですれ違う2班
吉武高木地区と大石地区は川で分かれていました。園内の植生も弥生時代の樹木が再現されています。
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特定集団墓

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三種の神器を思い起こさせる副葬品が同時に出土した吉武高木遺跡は、日本最古の王墓といわれています。最も重要な、木棺の王墓を含む特定集団墓は、ガラス張りの写真で掘りだされたままの様子が地上に浮かび上がっています。位置とどの棺から何が出土したかがよくわかります。

アンケート
見学の終わった人から順に、ガイド改善の参考のためにアンケートを書いていただきました。
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[アンケート結果]
説明が丁寧でわかりやすい、ガイドの人が良く勉強している、ペースがゆっくりで良かったなど、回答35名のうち34名が満足(1名は普通)と十分楽しんでいただいたようです。資料に全体の地図添付を、年間スケジュール表には歩く距離も入れておいてなどの貴重なご意見もいただきましたので、今後に反映していきます。

閉会の挨拶
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14時20分会長の挨拶で終了です。




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歩いている途中でも質問が飛び交いました。ただ歩くだけでなく、地域の歴史に興味を持ち、新しい発見に感動する。史跡ガイドの良いところを、新緑の瑞々しい風景と併せて堪能していただきました。 案内人一同も、おかげさまで気持ちよく案内できました。
「やよいの風公園」のオープン後初めての案内でしたが、看板一つで説明していたこれまでと違い、目で見て触れられる史跡になり、わかりやすくまた説明しやすい場所になったことを実感しました。

皆様お疲れ様でした。またのご参加をお待ちしております。
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# by Fukuoka-heguri | 2017-05-27 18:15 | 定期ガイド

2017年5月度・史跡巡り

2017年5月度・史跡巡り
2017年5月16日(火)
8時30分~16時30分 曇り時々晴れ
糸島・国宝と史跡コース 
参加者 10名

史跡めぐり行程
9:00伊都国歴史博物館 ⇒ 10:15怡土城跡・高祖神社 ⇒
10:50平原遺跡・旧藤瀬家住居跡 ⇒ 11:20 三雲南小路遺跡・細石神社 ⇒
11:45志登支石墓群⇒ 11:55志登神社 ⇒ 12:20昼食「田園茶屋いとわ」⇒ 13:20志摩歴史資料館
⇒ 14:10新町遺跡展示館 ⇒ 14:45宇美八幡宮(糸島) ⇒ 15:55解散

曇りで時々晴れ間がのぞき、さわやかな皐月の風を頬に受ける、絶好の散策日和でした。
今回は、近場なのにこれまで企画がなかった、史跡の宝庫糸島市の散策です。久々に2桁の参加者を得て、車3台賑やかに戸切を出発しました。
身内ながら糸島のグループでも活躍中の阿部さんに案内してもらい、各施設内の説明はそれぞれの専門家や宮司さんにお願いしました。
「国宝と史跡」と銘打つコースは、実に多彩で見所も多く、たくさん勉強出来た有意義な史跡めぐりとなりました。


伊都国歴史博物館
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9時の開館前には到着し開館を待ちました。伊都国歴史博物館は、平原王墓の出土品を中心に、糸島(伊都国)の歴史を余すところなく展示しています。

ボランティアガイドの岡部さんの案内
b0273309_1738395.jpg糸島の古代からの歴史を辿った後、いよいよ王墓の国宝登場です。三雲南小路・井原鑓溝・平原の3つの王墓の出土品は圧巻です。鏡の数と大きさに驚きます。鏡の紋様の意味やガラスの勾玉、平原王墓の発掘模型などの説明に、感嘆しきりでした。最後は4階から見える、豊かな糸島平野のパノラマまで案内してもらいました。この後の行程の予備知識にもなるので、予定時間を30分も延ばして、熱のこもった説明をしていただきました。



博物館を出て、高祖神社の方へ移動しました。


怡土城跡(国指定史跡)
怡土城は、奈良時代(8世紀)に吉備真備により高祖山に築かれた古代の山城で、山麓には約2㎞の長大な土塁と堀、ところどころに5つの望楼を配置して守りを固めていました。鎌倉時代からは、この地を治めた原田氏の居城(高祖山城)として、永きにわたり糸島平野を睨んでいました。

怡土城跡
登り口の土塁の上に怡土城跡の碑が建っています。
b0273309_2021683.jpg土塁跡 
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同じ道を少し登ると、高祖神社です。

高祖神社(県指定文化財)
高祖神社は、877(元慶元)年以前の創建と伝えられ、中世には原田氏の保護を受けました。現在の3間社流造の本殿は、1662(寛文2)年に3代黒田光行が修理した記録の残る、県内有数の古い神社建築です。怡土郡の惣社となっていました。戦国時代に高祖山城主だった原田種親が伝えたとされる高祖神楽(4月と10月奉納)も有名です。

高祖神社
b0273309_208637.jpg3月に40年ぶりに葺き替えが終わったばかりの
真新しい檜皮葺きの本殿
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次の予定の神功皇后所縁の「染井の井戸」は、時間の都合で飛ばして平原遺跡へ直行しました。





平原遺跡(国指定史跡)

平原王墓(1号墓)

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平原遺跡の1号墓は、豪華な副葬品からして、弥生時代後期(約1800年前)の伊都国王(女性)の墓といわれています。周溝を巡らせた18m×14mの墳丘墓で、中央の割竹形木棺の墓壙から出土したのが、博物館で見てきた日本最大(径約46.5㎝)の内行花文鏡5枚を始めとする銅鏡40枚や、珍しいガラスの勾玉、メノウ管玉、鉄素環頭太刀などは、すべて国宝に指定されています。


旧藤瀬家住宅(市指定文化財)
 旧藤瀬家住居跡
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平原歴史公園内に、場違いな江戸時代(1737年建築)の住居跡が復元されています。旧中津藩の糸島神在村の庄屋を務めた藤瀬家の住宅を移築したもので、残った古文書から建築時期がわかったという九州最古級の民家建築です。
ここから5分ほど移動したところも王墓の遺跡です。



三雲南小路遺跡(市指定史跡)
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三雲南小路遺跡は、弥生時代中期後半(紀元前1世紀頃)の遺跡で、江戸時代末(1822年)に1号甕棺が発見され、その後1975年の発掘調査で新たに2号甕棺が発見され、銅鏡22面以上、ヒスイ製勾玉、ガラス製勾玉、管玉などが出土しています。1号甕棺からは銅鏡35面、銅剣・銅矛・銅戈、勾玉、壁、金銅製四葉座飾金具など豪華な副葬品が出土しており、弥生時代の墓としては規模も巨大で、伊都国の王墓と考えられています。2号墓は王妃と考えられます。これらの出土品も博物館で見てきたばかりです。

 1.2号甕棺墓跡
b0273309_2022495.jpg現地は、甕棺墓の位置がわかるだけの草むらでした。すぐ見渡せる範囲のところに、やはり江戸時代に発見された井原鑓溝遺跡があります。三雲南小路のすぐ後の頃の伊都国王の墓とみられますが、今では王墓の場所は特定できず「幻の王墓」と呼ばれています。




細石(さざれいし)神社
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三雲南小路遺跡から道路を挟んですぐ隣は、木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)と磐長姫命(イワナガヒメノミコト)を祭神とする、細石(さざれいし)神社があります。案内の阿部さんの話では、隣の王墓を守り遥拝する神社だったとのこと。以前は神田も多く大社でしたが、太閤検地で田畑を召し上げられ衰退したと伝えられています。その名前から「君が代」の起源がこの地域にあるという説もあるそうです。


志登支石墓群
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志登支石墓群は、古代には東西側から入り江が深く入り込み怡土と志摩半島をつなぐ細い台地であった付近で今は田圃の真ん中に、10基の支石墓が発見されています。弥生時代前期(約2500年前)から中期前半(2100年前)に造られたものです。支石墓は朝鮮半島に多く、半島のものとよく似た石鏃を副葬したものもありました。国内では長崎県と九州北部にしかなく、弥生文化の始まりを考える上で貴重な遺跡です。


志登神社
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昼食まで少し時間ができましたので、予定になかった近くの志登神社にも立ち寄りました。
志登神社は、祭神が豊玉姫命で、2014年の7月に不審火で全焼しましたが、1年位ですぐに再建されています。真新しい拝殿・本殿はかえって珍しい感じがしました。この神社の再生力に驚きです。



~~~~~~~~~ 本日の昼食 ~~~~~~~~~~~
             「田園茶屋 いとわ」
               町屋おばんざい定食 980円
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おばんざいとは京都の家庭料理を言いますが、有りあわせの素材でつくる簡単な料理のことだそうです。野菜が多くヘルシーで、味も申し分ありませんでした。
デザートにケーキが付いていたのでドリンクセットのコーヒー(200円)を追加しました。


お腹も満たして、午後の見学地の方へ戻ります。



志摩歴史資料館
b0273309_20411052.jpg糸島市役所志摩庁舎と同じ敷地内にある志摩歴史資料館は、志摩地域から出土した考古資料を展示しています。玄界灘に突き出た志摩地域は、古来大陸や半島との交易をはじめ、海を介した交流が活発で、遺物も海に関するものが多くなっています。


学芸員の河村さんの説明
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短い予定時間に合わせてポイントだけ選んで、それでも丁寧に解説していただきました。引津湾岸の御床松原遺跡から出た古代中国銭(貸泉・半両銭)や8世紀の古文書の戸籍、嘉永開潮止図(近世干拓の様子)、特にこれから行く新町遺跡の支石墓群については、事前の知識として興味深く聞きました。少しは延長しましたが、もう少しゆっくり見たい展示でした。





新町遺跡展示館
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展示館は無人ですが、実際の発掘遺跡の一部をそのまま展示しています。発掘された支石墓を主体とする墓域からは、全国でも珍しい弥生時代初期の埋葬人骨が出土しています。低願・低身長、抜歯痕があり縄文人の特徴が認められました。中には磨製石鏃が刺さったものもあったようで、この時期から戦闘があった痕跡を残しています。弥生文化は、渡来人だけの文化ではなく、縄文と弥生双方の要素の融合によって成立したと考えられる新しい見方を提供した貴重な遺跡で、墳墓群は国史跡に指定されています。
いろんな示唆を与える、支石墓の重要性を改めて認識しました。


20数分また山の方の川付というところに戻り、最後の見学地は宇美八幡宮です。


宇美八幡宮
武内宮司さんの説明
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宇美八幡宮本宮は、一般的な八幡宮の祭神ですが、上宮には神功皇后の夫仲哀天皇が祀られていると伝えられています。すらりと背の高い、第82代という武内宮司には、橿日(香椎?)宮で崩御された仲哀天皇が葬られたとされる神社の縁起、様々な古のお祭り、一と二の鳥居の間に三の鳥居が建てられた経緯など、たくさんの面白いお話を聞かせていただきました。武内宿祢に発するという宮司家の家系の話もありました。

本宮前全員で記念撮影
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宮司には、長い石段を登り本宮まで付き合って、絵馬や建物、神饌(神様に備える食事)の作り方なども細部まで説明していただきました。

御神木の樫の木

神社創建時からあり、樹齢千年以上はあると噂されています。
b0273309_20534848.jpg上宮石祠
本宮から参道を200mほど山中に入ると、仲哀天皇を祀るという上宮の石祠があります。ここら長嶽山一帯では古墳時代の14基の古墳群が見つかっています。当石祠は1号墳(前方後円墳)の上に建てられています。右横が2号墳です。
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藤棚と三の鳥居
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神社正面の参道脇の藤棚の花は見事ですが、連休明けまでは見られたそうです。         その藤棚の横で解散です。




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知名度は高いところばかりでしたが、知っているようで知らないことばかり。行って見て直接聞いて、新たに知ることは尽きることがありません。
「あと2回ぐらい糸島の史跡巡りを」「平群倶楽部に入って良かった」等の感想が聞かれた充実した良い史跡めぐりでした。         
ご案内の皆様にはそれぞれ、素晴らしい解説をありがとうございました。 
そして我らが阿部さん、皆さんお疲れ様でした。
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# by Fukuoka-heguri | 2017-05-16 17:28 | 史跡巡り